恋想曲 ~永遠の恋人へ~

「わたし… 私ね‥」


溢れだした想いが、言葉になろうとする。





その言葉を止めたのは

遼ちゃんだった。



「やめとけ」




突然、息が止まった。



「俺なんか、やめとけ」






遼ちゃんの言葉が


私の想いに蓋をした。





今… わたし息してる?


苦しい。





体の力が抜けて、浴衣を握っていた手が


離れた…。













「あー、葵たちここにいたんだぁ」

麻衣子と嶌田部長が来た。



麻衣子は泣きそうな私にすぐに気づいて、持っていた綿飴で私の顔を隠した。


「葵、綿飴好きだったでしょ?あっちにかわいい小物売ってたから見に行こう!」



私の手を握り、遼ちゃんたちから離れるとすぐに声をかけてくれた。


「何があったの?」


「ふ‥ふられちゃったぁ…
告白する前に‥ふられちゃったよぉ」


麻衣子は泣きだした私の背中を優しく擦ってくれた。


「どうしよう‥、また遠くなっちゃう。そんなのやだよぉ…」


「落ち着いて。今日はうちに泊まって、ゆっくり話そう‥ ね?」


「…うん」




麻衣子に宥められ、私はなんとか平然を装った。


目の前に並んだアクセサリーを見て、何もなかったように「コレかわいい」なんて言ってみる。



「お兄ちゃん、これ買って」


「仕方ないなぁ‥、おじさん、コレと‥そのネックレスもください」



麻衣子はクローバーのブレスレットをお兄ちゃんにねだって買ってもらった。


笑ってる麻衣子は、その間も私の手をギュっと握っていてくれた。




しゃがんでる私の後ろに立ってる遼ちゃんは

「おまえは買わないの?」って、何もなかったように話しかけてきた。



本当に何もなかったのかもしれない。


遼ちゃんにとっては…。



そう思うと、なおさら遼ちゃんの顔が見れなくて、黙って頷いて答えることしかできなかった。







私は麻衣子の家に泊まることになり、途中で遼ちゃんと別れた。


もしかしたら、遼ちゃんはそのままカラオケに行ったかもしれない。

そこにはお姉ちゃんもいるかもしれない。


いろんなことが胸の中で渦巻いて、道の途中で涙が溢れだした。



「葵ちゃん、どうしたの!?」

嶌田部長が突然泣き出した私に気づいて驚いてる。


「すみません、なんでもないんです…」

言葉とは裏腹に涙が止まらない。



私、今日いっぱい嘘ついてる。


あんなに楽しかったのに…

今は後悔でいっぱい。






嶌田部長が公園のベンチに麻衣子と座らせてくれた。


「本当は俺いない方がいいってわかってるんだけど、時間が時間だから…」

そう言って遠くでたむろってる男の人たちに視線を送った。



そして、ドキッとする名前を口にした。


「もしかして、遼のこと?」



嶌田部長の鋭い質問に、私は小さく頷いた。








嶌田部長は、やっぱり…っていうふうに息を深く吐いて話し始めた。


「あいつとは高校からのつき合いだから昔のことはよくわかんないけど‥

小学生の時に親が離婚して中学時代はけっこう荒れてたらしいんだ」



離婚のことは誰かから耳に入ってたけど、遼ちゃんが荒れてたなんて知らなかった。



「高校で俺が初めて会った時もまだ荒れてたんだけど、柏木先輩っていう人が遼を弟みたいにかわいがって、その頃から少しずつ変わってきたんだ。

…上手く言えないけど、俺には今もあいつは変わり続けてるように見える。

だから、何があったかはわからないけど、もう少し待ってあげて」





私の時計は、遼ちゃんに突き放された時のままだった。


だけど、遼ちゃんは違ってたんだね。

いろんなことがあって、簡単に時間をくっつけることなんてできない。




嶌田部長の優しい微笑みと、一緒に泣いてくれた麻衣子に救われた。



その日の夜は、赤く腫れた目を麻衣子と並んで冷やしながら寝た。


胸が痛くて眠れないと思ってたけど、瞼が重たく閉じていく。




朝を迎えると、また鋭い痛みが甦るだろう…。


朝が来るのを恐れながら、私は深い眠りに入った。











あれから一週間。

私は気まずい。

かなり気まずいのに…


「おまえ太った?」

「太ってません!!」

どうして遼ちゃんは相変わらずなの!?


なんか一人で落ち込んでるのも馬鹿らしく思えてきた。




部活帰りに麻衣子たちとCDを買いに行く約束をして玄関で待ってるのになかなか来ない。


どうしたんだろう。

私は上履きに履き替えてもう一度音楽室に向かった。


歩いてる途中、叫び声が聞こえてきた。

「馬鹿にしてんのか!?」

「いえ、してません」

「信汰クンの方が上手いんだもん。しょうがないでしょ」


激しい斎藤先輩の声と、それとは逆に冷ややかな信汰の声。

種田先輩が斎藤先輩の怒りにさらに火をつけていた。


「おまえ、部活に恋愛しに来てんのか?」

斎藤先輩が種田先輩を睨みつけながら言った。

種田先輩が顔を赤くして何も言わなくなると、今度は信汰を睨みつける。

睨まれた信汰は冷静な表情で、真っ直ぐ斎藤先輩を見て言った。


「俺、女に興味ありませんから」



信汰の言葉が、斎藤先輩の怒鳴り声より胸に突き刺さった。


音楽室にいるすべての人が同じように感じたらしい。

一気に音楽室の空気が硬くなった。


「ど…どういうこと?」

種田先輩の顔が見る見る青くなる。


みんなの視線が信汰を突き刺す。



信汰は何も答えずに頭を下げてその場を去った。
私と麻衣子はすぐに信汰の後を追った。

後ろからは疑問の声が聞こえてくる。

「男が好きってこと?」

「恋したことがないだけでしょ?」



信汰、大丈夫?

歩いてる信汰の隣に並んで顔を見た。


振り向いた信汰は、いつもの信汰だった。


「だから女はいやなんだよ」

鼻に皴を寄せて笑ってみせる。


「私たちだっていちよ女なんですけど~」

「失礼しちゃうわね」

「あっそうだよな、忘れてた」



三人で笑って並んで歩いた。


自然とCD屋さんではなくゲームセンターに足が向いて、

三人で小銭が無くなるまでいろんなゲームをした。


信汰とは、言葉ではなく一緒にいることでお互いを思いやれる関係。


それが自然なことで、私たちにとっては当たり前のことだった。



初めて声をかけてくれた、あの時から。




サブローにゲームセンターで取ったスナック菓子をあげてから家の中に入った。


あれ?知らない靴がある‥。

どこかで見た覚えがあるような気もするけど…。


玄関に男物の白いスニーカーが綺麗に揃えてあった。



「ただいま」

冷蔵庫の麦茶を飲もうとすると、お母さんがニコニコ顔で寄ってきた。

「葵、あと二人分お茶入れてお姉ちゃんの部屋に持って行って」


二人分?


「お姉ちゃんの彼氏が来てるの」



いきなり心臓の音が大きくなった。


お姉ちゃんの彼氏…。

もしかしたら遼ちゃんかもしれない。


ふられたけど、できたらお姉ちゃんの彼氏でないことを祈ってしまう。



深呼吸をしてお姉ちゃんの部屋をノックした。


コンコン…



「はい」


お姉ちゃんがいつもと変わらない声で返事をした。

なのに、心臓が痛いくらい鼓動を打って反応する。


いつもより重たく感じるドアを、ゆっくりと開けた。
ドアの向こうには、私の知ってる二人の顔があった。



ええ~~~!!??


驚いて声が出ない。



「こんにちは」


声をかけられて、ようやく声がでた。

「なっ‥なんで嶌田部長がいるの!?」

「あんた、声でかすぎ」


私からお茶を取るお姉ちゃんの胸元には、

お祭りで見たクローバーのネックレス。


「お姉ちゃんの彼氏って…」

「俺です」

嶌田部長が、いつものさわやかな笑顔に指さした。


うそぉ……

嶌田部長が彼氏だなんて、信じられない。


だって‥


「本当に?お姉ちゃん、この前小川先輩と…」

「あー、あれ?啓介とのデートの帰りに偶然会っただけだよ」


胸の悶々としていたものがすっきりした。


それと同時に、麻衣子の顔が浮かんできた…。



「まさか、あいつと私が付き合ってると思ってたの!?
私があんたの初恋の人に手を出すわけないでしょ」


呆れた口調のお姉ちゃんの言葉に驚いた。


お姉ちゃん、私が遼ちゃんを好きだったこと知ってたんだ。
驚いてる私の顔を見て、お姉ちゃんがハッとした表情をした。


「あいつに口止めされてたけど……もう時効だろうから言っちゃうね」


口止め?

お姉ちゃんが何を言い出すのか全くわからない。


「小川が葵を突き飛ばした日のこと覚えてる?」


私は胸の痛みを思い出しながら、黙って頷いた。


「あの頃、小川のお母さんが若い男と家を出て行ったっていう噂がクラスで広まって、あいつ、毎日からかわれてたの。それがエスカレートしていじめになって…。

それでも小川は平然と学校に来てた。だけどあの日、クラスの男子が小川にいつもくっついてる葵のことをからかったの。

そしたら、私が手を出す前に小川が男子に飛び掛かって行って…けっこう大きな問題になったんだよ」



知らなかった。



あの頃の遼ちゃん


いつだって明るくて、

優しくて…


いつも笑顔だったよ。




驚いてる私に、お姉ちゃんはさらに思いがけないことを言った。


「ついでに言っちゃうけど、あいつが葵を突き放したのはあんたを守るためだったんだからね。
‥‥ほら、もう出て行きなさい!」


お姉ちゃんは、話しながら部屋から私を押し出した。