「何やってんの?」
声と同時に背中にぬくもりを感じ、後ろを見上げると…
遼ちゃん‥‥の顔!!!
「ひぃ!」
あまりの近さに声がうわづる。
前には先輩たち、後ろには遼ちゃんがいて身動きがとれないよ!
「何やってるの?」
もう一度、遼ちゃんが質問すると
さっきとは別人の顔で矢野先輩が答えた。
「あ、あの‥北島さんの言葉づかいを指導してたんです」
「ふぅ~ん」
遼ちゃんの声の震動が背中に伝わりドキドキする。
!!
えっ! なに!?
遼ちゃんがクイッと私の制服の裾を後ろに引っ張った。
自然と私の足は後ろに引かれ
遼ちゃんの横顔が前に通りすぎる。
遼ちゃん…?
気づくと私の目の前には
遼ちゃんの大きな背中があった。
「ありがとね、わざわざ指導してくれて」
ええ!?なんでお礼言っちゃってるの?
私、妬き入れられてたんだよ?
「けど、こいつはいいんだ」
遼ちゃんの言葉に先輩たちの顔が強張った。
「どうしていいんですか!?」
佐藤先輩が眉間にしわをつくり体をのり出した。
私もさっきから遼ちゃんの言ってる意味全然わかんないよ。
どういうこと?
「だって、こいつは‥」
こいつは‥なに?
なんていうの?
ちょっと胸がドキドキする。
「バカだから」
はぁ~!?
バカですと~~!?
「ほら、おまえ下手くそなんだからさっさと練習するぞ!」
え!ええ~~!?
喋る間もなく、私は遼ちゃんに教室から押し出された。
窓越しに見える矢野先輩たちの唖然とした顔。
いいのかな?
このまま行っちゃって‥。
私は軽く会釈して遼ちゃんの後をついて歩いた。
さっさと歩く遼ちゃんの背中が遠くなる。
今‥助けてくれたんだよね?
お礼‥言うべきだよね?
だけど、なんか恥ずかしい。
面と向かってお礼を言うことが、こんなに恥ずかしいなんて初めて。
「小‥小川先輩」
私の小さい声をキャッチして遼ちゃんが振り返った。
何もなかったように私を見る遼ちゃんの瞳。
その瞳に胸を掴まれる…。
言葉が出てこないよ。
戸惑っていると、遼ちゃんの口が大きく開いた。
『ばーーーーか』
遼ちゃんは声をださずに言った後、そのまま音楽室に入って行った。
私は遼ちゃんの姿が見えなくなるまで立ち尽くしてた。
遼ちゃん、
いいかな‥?
もう自分の気持ちに嘘つけないよ…
傷ついてもいい。
遼ちゃんの傍にいたい。
遼ちゃんを好きでいたい。
好きだよ…
遼ちゃんが
好きです。
午後の授業は眠い。
先生の声が子守唄に聴こえる。
窓際の席で私は、日差しを浴びて心地よくなってた。
後ろの席の麻衣子が私の背中をシャープペンで突っつき、窓の外を指さす。
指さす方に目を向けると、
グラウンドで体育の授業をしている遼ちゃんがいた。
目を見開き麻衣子に笑いかけると、麻衣子も笑ってくれた。
遼ちゃんは、白いTシャツと膝までまくり上げたジャージを履いてた。
サッカーボールを追いかけて、きらきら輝いて見える。
ジャージ姿の遼ちゃんもかっこいいな。
見惚れちゃうよ‥。
あっ、ボールを追いかけてたのに、友達を追いかけはじめた。
じゃれ合ってる姿が子供みたいでかわいい。
「クス‥」
「北島さん、どうかしました?」
「いえ‥すみません」
やば。遼ちゃんのことしか見えてなくてつい笑っちゃった。
もう一度グラウンドに目を向けると、遼ちゃんは体育の砂山先生に怒られてた。
それでもめげずに笑ってる遼ちゃんがいる。
あ~あ、砂山先生呆れた顔してる。
砂山先生は体育教師だけど、ブラバンの副顧問をしてる。
本当は野球の顧問だったけど、若い先生に任されちゃったんだって。
だから、ブラバンにはほとんど顔を出さない。
気がつくと終業のチャイムが鳴ってた。
もっと見てたかったな‥。
遼ちゃんを見てる時間はあっという間。
この日から、月曜日の大嫌いな古文の授業が、
大好きな時間になった。
部活開始10分前、音楽室に入ると黒板に二つの練習項目が書かれてた。
ひとつはコンクール出場者用。
もう一つは出場しない者用。
コンクールは人数に枠があり、主に三年生と二年生でメンバーを構成してる。
珍しくさっき遼ちゃんを説教してた砂山先生がいる。
どうやら、今日から本格的なコンクールに向けて練習が始まるらしい。
基礎練習が終わるとコンクール組は音楽室で、そうでない者組は視聴覚室で別れて練習することになった。
「コンクールメンバーはこの前話したとおりです。練習内容に質問ある人いる?」
「「 ありませ~ん 」」
嶌田部長に甘い声で返答する女の子たち。
嶌田部長はルックスが良いうえに優しくて人気がある。
麻衣子はちょっと不機嫌に‥
と思ったら一緒になって叫んでる!
私の視線に気づいてニコッと笑う麻衣子。
かわいい。
かわいすぎるよ麻衣子!
ギュッと麻衣子を抱きしめた。
「え!?どしたの??」
「こうしたいの!」
麻衣子は驚いてたけど、どうしても抱きしめたかったんだ。
ミーティングが終わる早々、いやな空気が流れだした。
二年生のホルン、種田先輩の高い声がいやでも耳に入ってくる。
「信汰クン、やっぱりメンバーに入れないんだね。斎藤より上手なのに残念ねェ」
そんなこと言っちゃっていいの!?
斎藤先輩ここにいるんだよ!?
信汰は黙って楽器の準備をしてる。
「信汰、メトロノーム持って来て」
この空気を察知したのか!?‥奥の教室から嶌田部長が顔を出して叫んだ。
ナイス!嶌田部長!!
「はい!」
信汰はメトロノームとトロンボーンを持って嶌田部長の所へ行った。
斎藤先輩は、不機嫌な顔で何も言わず出て行った。
種田先輩はホルンを準備しながら鼻歌なんか歌っちゃってる。
「信汰、種田先輩に狙われちゃったね」
こそっと麻衣子が耳元で言った。
やっぱり…そうだよね。
なんだかこれからややこしくなりそう‥。
だって信汰は女を好きにならないし、
たぶん、斎藤先輩は種田先輩のことが好きだから。
茶髪でけっこう口の悪い斎藤先輩が、種田先輩には口応えしない。
きっと、好きだからなんだと思うんだ。
楽器ケースを準備室に置きに行くと、ドアの所で遼ちゃんと鉢合わせになった。
ドキッとしたけど、目をそらさずに遼ちゃんの顔を見た。
遼ちゃんは白いプリントを持ってどこか行くみたい。
「どこ行くの?」
「職員室。三者面談表出し忘れたから」
ペロリと私に見せた白い紙には
遼ちゃんの未来が書いてある。
「大学に行くの?」
「うん。たぶんね」
遼ちゃんの未来はすぐそこまで来てる。
急に実感して寂しくなった。
きっと私、今ぶさいくな顔してるんだろうな…
そう思った時、遼ちゃんの声が胸に飛び込んできた。
「今は俺、高校生だよ」
え…?
遼ちゃん、今私の心読み取ったの?
遼ちゃんは軽い足取りで階段を下りて行った。
遼ちゃんは私の心を掴むプロだよ。
きっと、これから何度もこんなふうに胸がキュンってなるんだろうな…。
そっと胸に手をあてると、高鳴る鼓動を感じた。
『好き』 がここにある。
遼ちゃんと過ごす高校生活…
大切にしよう。
ひとつひとつ思い出を
この鼓動と一緒に刻んでいこう。