恋想曲 ~永遠の恋人へ~

「サブロー、ただいま」


家の前にいるサブローは、いつもシッポを振って迎えてくれる。


無邪気にお腹をだして喜んでいるサブローが愛しい。




こんな風に、私も無邪気になりたい。



少し胸が苦しくなった。







「あれ、あんた今帰ったの?」


家から出て来たお姉ちゃん。


背中まで長い髪を一つにまとめて、自転車のペダルに足を掛ける。



「うん。お姉ちゃんバイト?」


「うん」




サパサパした性格のお姉ちゃんとは、仲が悪いってわけじゃないけど、あまり深い話をしたことがない。



だから、結構謎が多いんだ。





家の中では、お母さんとおばあちゃんが夕食のハンバーグを作ってた。

「うわぁ、いい匂い」

「もうすぐ出来るから着替えらっしゃい」



着替えてくると、白い食卓にハンバーグが5つ並んでた。

お姉ちゃんとお父さんの分にはラップがかけられてる。

ハンバーグが大好きなお父さんのお皿には、私の2個分くらい大きいハンバーグが乗せられていて

お母さんの愛情が目に映る。



お父さんとお母さんを見てて思うんだ。


夫婦って不思議。


好きとか愛してるって言ってる所を見たことがないのに

愛し合ってるのがわかる。


相手を想う気持ちが自然と伝わってる。


他愛のない会話で見せる笑顔とか、

ソファで寝ちゃったお父さんを起こすお母さんの優しい手とか…。


こんなこと恥ずかしくて言えないけど、

将来、お父さんとお母さんみたいになりたいって思う。




「部活はどうだったの?」

「楽しかったよ」

「そう…」

お母さんがサラダを皿にとりながら、不思議そうに私を見た。


「なに?」

「朝の葵の方が元気だったから…。
あんなに楽しみにしてたから、もっとはしゃいで帰って来ると思ってたのよ」


肩をすくめてちょっと心配してるお母さんに楽しんできたよって言おうとすると・・

「年頃の娘には色々あるんだよ」

私が答える前に、おばあちゃんが言った。


そして私に…ウインクした。

今の…両目瞑っちゃってるけどウインクだよね!?



お茶をずずっと飲み干して、部屋に戻るおばあちゃん。


私とお母さんは、そんなおばあちゃんの背中をずっと見ていた。


あんなおちゃめなおばあちゃんを見たのは初めて‥。


「なんだか今のおばあちゃん、かわいかったわね」

普段、小言をしょっちゅう言い合うおばあちゃんのことを、

お母さんが嬉しそうに『かわいい』って言った。


そんなお母さんを見て、私も嬉しくなった。










お腹がいっぱいになった私は、自分の部屋のベッドに体を投げ出した。


今日のことをふり返る。


今日のこと…。


色々あったはずなのに、頭が遼ちゃんでいっぱいになってる。



あんなに遠かった遼ちゃんが‥

あんなに遠ざけてた遼ちゃんが‥


今日、突然現れた。


私が憧れていたトランペットと一緒に…。




苦しいのに嬉しいような、辛いような…


目を閉じても浮かんでくるあの笑顔。



私‥ずっと会いたかった‥の…?


ううん‥違うよ。


会いたくなかった。


だって、あんなひどいことされたんだもん!



胸の痛みが、思考を働かせて心にストップをかける。


嬉しいわけない!

好きなわけない!

会いたかったわけない!って……




なかなか寝つけず見上げた夜空には、厚い雲が覆っていた。


じっと空を見つめて、小さな星を一つ見つけたとき

私はやっと眠りについた。














「へたくそ!」

「ひど~い!小川先輩の教え方が悪いんだよ!」

「おまえなぁ~」



ブラバンに入部して三週間。

私は17歳の遼ちゃんに少しずつ慣れてきた。




17歳の遼ちゃんは、

見上げなきゃ目を合わせられないくらい背が高くて、


黒い学ランが似合ってる。




幼い頃の遼ちゃんは私に優しかったけど、

今の遼ちゃんは少し意地悪。






あの頃と変わらないのは、



陽が当たると赤茶色に見える黒い髪。


笑ったときに表れる右頬の笑窪。





「最近良いことあった?」


「え?‥なんで?」


「音が変わったから‥気持ちが音に表われるんだよ」


「べ、べつにないよ」


遼ちゃんはそっけない私の返事を聞いて、そのまま曲の練習をはじめた。




ドキッとした。


否定してる気持ちを読み取られたようで焦る。


認めたくないのに…

音が告白してるみたいで恥ずかしい。



やだ‥顔が熱くなってきた。


赤くなってるのが自分でもわかる。



遼ちゃんには絶対こんな顔見られたくない。

バレてないかな…




恐る恐る遼ちゃんの顔を見た。




わっ!目が合っちゃった!



「ん、なに?」

遼ちゃんは、周りの音から声を聞き取れるように上半身を私に近づけた。



そっそんなに近づかないで~!!


「なんでもないです!」


視点が合わないまま答えた。



心臓がバクバクしてる。

この環境体に悪いよ!!




遼ちゃんは首を傾げ、自分の椅子に姿勢を戻した。


‥かと思うと、もう一度私に近づいた。


なっなに!?

遼ちゃんの唇が、息がかかるくらい耳元に近づいた。


「おまえ、なんでトランペットしようと思ったの?」



え‥?

意外と真面目な質問で拍子抜けする。


「去年の定期演奏会で、柏木先輩のソロを聴いたの。私もあんな音色で演奏したいって思ったから‥。
それが今の私の夢なんだ…」


この質問だけは堂々と答えられる。


だって、私の憧れ、夢だもん。




遼ちゃんは、私に耳を向けたまま軽く2回頷いた。



「どうしてそんなこと聞くの?」


「おまえ、小さい頃音痴だったから」


「ひっど~い!」



なによ~!

赤い顔をしてる自分が悔しい。



遼ちゃんの肩を思いきり叩いた。


遼ちゃんは笑いながら私の手を防御する。







遼ちゃん


私、嬉しかったよ。




小さい頃のことを口にしてくれて。


私のこと、覚えててくれて。






遼ちゃん



どうしてあの日、離れてしまったの?













日曜日の午後、サブローと公園を散歩。


春の風が心地よい。


太陽の日差しが、頭のてっぺんをポカポカにしてくれる。



「気持ち好いね」


お腹をべったり草原につけて、気持ちよさそうに眠るサブローの耳がピクリと動いた。






広々とした平地で、小さい子供たちがキャッキャとボールを追いかけてる。


私が小さい頃は、雑草がボウボウに生えてて大きな木もあった。


かくれんぼをするには最適だったのに、危ないからって平地にされた。




そういえば、この町けっこう変わったな。


コンビニが増えたり、大きいマンションが建ったり。


生活が便利になった分、どこかで知らない何かがいっぱい変ってるんだろうな。




人だってそう。

常に変わり続けるんだろうな‥。





なんだか寂しくなって、家に帰った。




家に帰ると、おばあちゃんがじゃがいもを蒸かしてた。


そうか、今日はおじいちゃんの月命日。


おばあちゃんは毎月おじいちゃんの月命日に蒸かしイモをつくる。


きっと、おじいちゃんの好物だったんだろうな。





私はおじいちゃんに会ったことがない。


私が生まれる前に病気で死んでしまった。





おじいちゃんて、どんな人だったのかな…。



「ねえ、おばあちゃん。おじいちゃんてどんな人だったの?」


「優しくて、真っ直ぐな人」





おばあちゃんの声が、とても温かく感じた。


蒸し器から出る湯気が、おばあちゃんを包んでるように見える。




変わらない想いもあるんだな‥。





心の中がほっと温かくなり、

私はそのままソファで眠ってしまった。
















「葵、起きなさい!」



お母さんの声と食器の音で目が覚めると、時計は6時を回ってた。


私、1時間近くも寝てたんだ…。

最近寝つきが悪くて寝不足だったからな。



「あれ、お姉ちゃんは?」


「友達と会うって言ってたけど、デートじゃないかしら。珍しくスカートで出て行ったから」




お母さんは嬉しそう。


普通、もっと心配したり、詮索したりするもんだよね?


今まで男の人の気配を感じることがなかったから、逆に嬉しいのかな。




少なくとも、私は感じたことなかった。


お姉ちゃんはどこか冷めてるって感じで‥。




だからちょっと嬉しいって気持ち、

私もわかる気がする。