恋想曲 ~永遠の恋人へ~

学校祭の準備でにぎやかな校舎は、

お化粧をされたように教室ごとに紙花や看板で華やかに飾られていく。


私のクラスはメイドカフェをすることになり、手作りのメイド衣装や校舎内に貼るポスターなどでもはや喫茶店のようになってる。


三年生は、この時期は休息をとるように表情が柔らかくなる。


先生たちも静かにしろって注意しながら、実は胸をワクワクさせて明るい顔をしてるんだ。





そんな中、時々痛い視線を感じることがある。


いつからだろう…。


遼ちゃんと付き合いはじめたばかりの頃、遼ちゃんのことが好きだった人たちが影からこっそり痛い視線を送ってきたことがあったけど、


それとは違う。



いくつもの敵意のような鋭い視線が、まっすぐ向けられてくる。



名前も知らない二年生の女の人たちの視線。




もしかしたら、遼ちゃんのことが今でも好きで私を嫌ってるのかもしれない。


もしそうだとしたら、私はこの状況に耐えなきゃ。


だって、遼ちゃんを好きな気持ちがよくわかるから…。



私がその人たちと同じ立場になっても、やっぱり遼ちゃんのことを好きでいると思う。


辛くて苦しいけど、やっぱり忘れられないと思う。


そういう思いをしている人たちの中で、私は遼ちゃんと付き合ってるんだもん。


今の幸せを感じながら、そのことも忘れちゃいけないと思うんだ。



それにね、遼ちゃんがいれば痛い視線なんかへっちゃらだよ。


遼ちゃんの想いがある限り、私はどんなことでも耐えられる。




遼ちゃんの誕生日を迎えてから、私の遼ちゃんへの想いはこれまで以上に強くなった。


不安なこともあったけど、夢に向かって輝いている遼ちゃんを見て、

私も強くなろうってもう一度心に決めたんだ。



あの言葉を聞くまでは、そう思ってたんだ…。







教室の掃除をしてゴミが山積みになったごみ箱を、外のごみ処理場に持って行くとたくさんの人が並んでた。

学校祭の準備でどこのクラスもごみが多くでるんだ。

私はその列の最後尾に並んだ。


すると前に並んでる二人の三年生が少しずつ前に進みながら話してるのが聞こえてきた。



「え、そうなの!?それってひどくない!?神崎先生かわいそうだよ」


「でしょ!?神崎先生が教育実習に来てた時のこの噂話って本当らしいよ」


「小川先輩って一年生の北島って子と付き合ってるけど、本当は付き合わされてるだけなんだ~。神崎先生と小川先輩、両想いなのにかわいそう」




私の知らない人たちが、目の前で私の話をしてる。


私の頭の中は真っ白になってた。




「おっ、葵もごみ捨て?俺、看板作りで失敗してだめにしちゃって‥」


信汰が来て話しかけてるのに、私は顔を上げられなかった。


信汰はすぐに私の異変に気づいた。




「それじゃあ神崎先生と小川先輩が付き合うべきだよ!さっさと北島なんかふっちゃえばいいのに!」


その言葉に怒りをあらわにした信汰が三年生の肩を掴もうとして、

私は信汰の手をすぐに止めた。



納得のいかない顔をしている信汰に向かい、何度も顔を横に振った。



信汰は泣き出しそうな私の顔を見て、私に止められている手の力を抜いた。



「お願い…今の話聞かなかったことにして」


ごみを捨てた後、校舎の裏で私は信汰に頼んだ。



「このままでいいのか?」


「私…直接遼ちゃんに聞いてみる。きっと何かの間違いだと思うから」


「葵…」


「平気平気!だからほら、みんな待ってるよ、行って行って!」




重い足取りで歩く信汰の後ろ姿が見えなくなると、

涙が溢れそうになった。




大丈夫‥大丈夫だよ…。


遼ちゃんと話したら、きっとこの不安は消える。


遼ちゃんの笑った顔を見たら、あっという間に元気になるよ…。




溢れそうな涙をぐっと堪えて校舎へ歩きだした。





校舎に入ると職員室から出てきた神崎先生の姿が見えた。




「神崎先生…」




声をかけてしまった。




遼ちゃんと話すつもりだったのに、目の前に現れた神崎先生を呼び止めてしまった。



「神崎先生、今ちょっとお話しできますか?」








これから受ける衝撃をまだ知らない私は、


遼ちゃんを想う強い気持ちを胸に、神崎先生と誰もいない理科室に入った。






薄暗い理科室。


模型の骸骨とガラス瓶に入った得体の知れないは虫類達だけが、神崎先生と私を見ている。


神崎先生は少し赤い目をして、普段はかけていなかったシンプルな眼鏡をかけていた。


それが余計、私に大人の魅力を感じさせた。



私の視線が眼鏡にいくと、神崎先生は髪をかき上げて言った。


「普段はコンタクトなんだけど、最近‥ちょっとね…」


泣き疲れた目だった。

私も同じ経験があるからわかる。

夏祭りの夜、泣き疲れた私の目も同じような目をしてたから。



「北島さんから話しかけてくれたの初めてね。
私、北島さんに嫌われてるのかと思ってたから嬉しいわ。話って何?勉強のこと?」


「いえ…。遼ちゃ‥小川遼のことです」


「やっぱり…そのことね」



神崎先生はもう一度髪をかき上げ、

強い眼差しで私を見た。



私はその眼差しに負けないように手を握り締め、神崎先生に言った。
















「二人はどういう関係なんですか?」

「関係?」

「さっき、三年生が話してるのを聞いたんです。二人は両想いだって…」



逃げない。

逃げちゃいけない。


遼ちゃんを信じてるから…

私、逃げないよ。




「そっか‥聞いちゃったんだ…。あなたには言わないでおこうと思ったけど…
これ以上隠しておけないわね、私達のこと…」




『私達のこと』


その言葉で二人の間に何かがあると感じさせられた。




「私と遼は二年前に私が教育実習でこの学校に来たときに会ったの。すぐに意気投合したわ。それで学校が終わった後も一緒に過ごすようになって、そのうちお互いを好きになっていった…」



神崎先生の言っていることが本当のことなのかわからなかった。


遼ちゃんから聞いていたのは教育実習で知り会ったことだけ…。

それ以上のことは何も聞いていなかった。


「教育実習生という立場で生徒と付き合うわけにいかないから、二人で約束したの。
自由に恋愛できるようになったら付き合おうって。
だから今回の臨時職が決まった時はすごく嬉しかったわ。まだ恋愛はできないけど遼に会えるって…」


神崎先生の顔が懐かしむように微笑んだ。



胸の中で遼ちゃんと見つめ合っているみたい…



やめて…


遼ちゃんを見ないで!!




「嘘よ!そんなこと遼ちゃん言ってなかった…遼ちゃんが私に隠し事をするわけない!」



「言えないのよ、あなたが弱すぎるから」


冷たい顔をした神崎先生が言い放った。







「私と遼はセックスをした関係よ」









頭の中が



胸の中が



全てが




壊れそうになる。




「あなた、遼とはセックスしたの?何も言わないってことはまだみたいね」




動くことができない


話すことができない


私は人形のように立っていた。



立っていることすら忘れるくらい、抜け殻の私がいる…。



…いる?


私…ここにいるの?


なにしてるの?



どうして


こんなことになったの?



そうだ…


私が神崎先生に声をかけたんだ。



声さえかけなきゃ


こんなこと‥知らずに済んだんだ…。




こんな嘘


聞かずに済んだんだ……。











「嘘だと思うなら遼に聞いてみなさい」


そう言って神崎先生は理科室から出て行った。



どのくらい私はそこにいたんだろう。


音楽室からトランペットの音が聴こえてきて、部活が始まっている時間だと気づいた。



「行かなきゃ…」


抜け殻の私はごみ箱を片手に理科室を出た。






遅れて音楽室に入った私を見つけた麻衣子が、私を廊下に連れ出した。


「葵、大丈夫?信汰から話は聞いたよ。小川先輩と話せたの?」


私は顔を横に振った。

泣かないって決めてたのに、麻衣子の顔を見たら涙が溢れてくる。


「麻衣子…わたし‥どうしたらいいかわからない。遼ちゃんのこと信じてたのに…信じてるのに…」


流したくない涙が次から次へと落ちてくる。




「小川先輩のところに行けよ!」


信汰が音楽室から出て来て言った。



「ちゃんと小川先輩と向き合えよ‥会ってちゃんと話せよ!」


信汰に背中を押され、私は走りだした。




大好きな


大好きな



遼ちゃんのもとへ……。






遼ちゃんの教室の前に行くと、知らない男の人が声をかけてきた。


「誰か探してるの?」

「遼ちゃ…小川遼さんいますか?」

「遼?あっもしかして遼の彼女?
ちょっと待ってて、今呼んでくるから」



ちょっと親切にされただけでまた泣きそうになる。

そのくらい私の心は脆くなってた。




「どうした?」


遼ちゃんはすぐに来てくれた。

突然来た私に喜んでるのが遼ちゃんの顔でわかる。



だけど、遼ちゃんはすぐに私が泣きそうになっていることに気づいた。




「葵、ちょっと場所変えよっか…」


私の手を優しく握ってくれた遼ちゃん。




これからとんでもないことを聞く私を許して…。






遼ちゃんが連れて来てくれたのは、普段あまり使っていない資料室だった。


山積みになった資料が窓を隠して薄明るい狭い部屋。



遼ちゃんはパイプ椅子のホコリを落して私を座らせてくれた。








「葵、なにがあった?」


優しい声で心配してくれる。



そんな声を聞くと聞けなくなっちゃうよ…。




「俺に話せない…?」


そんな優しい瞳で見ないで…。




「遼ちゃんは私に話せないこと…ある?」


私の問いかけに遼ちゃんは黙った。



「神崎先生から聞いたの…。遼ちゃんと付き合う約束をしてるって…」


遼ちゃんの表情が硬くなった。



「約束なんかしてないよ。神崎先生が何を言ったか知らないけど…
俺、葵しか好きになれない」




遼ちゃんの言葉を聞いてほっとした。


やっぱり神崎先生が言ったことは嘘なんだ。




なら…

あのことも嘘だよね…。




「神崎先生と‥セックスしたっていうのも嘘?
……嘘だよね?」








どうして?


どうして何も言ってくれないの…?




嘘って言ってよ…



バカだなって笑い飛ばしてよ…






いつも私が望む言葉を言ってくれる遼ちゃん。




だけど、私の目を見て遼ちゃんが言った言葉は、


私が望んだ言葉ではなかった。