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思い出話をしているうちに、緒斗くんの隣が恋しくなって、途中で席を移動した。
今は、真っ白な横長の椅子に2人。
時折ピアノを鳴らして遊びながら話してる内に、数分前よりも、緒斗くんの表情はやわらかくなってる。緊張が抜けた感じ。
…でもたぶん、まだ足りないよね。
話の合間に、視線が楽譜を気にしてる。
「…ね、最初の日から "今日" まで、2人で何度、この曲を弾いてきたか、ちょっと数えてみて?」
「…またそんな無茶な」
「無理でしょ?1日に弾いた数すら出てこないんだもん。それだけ、たくさん弾いてきたってことだよ」
無茶なと言いながら、1日に何回くらい弾いてたっけ?と真剣に考えはじめていた緒斗くんが、私をみた。
そんな緒斗くんの両手を、そっと掴む。
「楽譜みなくたって。目瞑ったって弾けるくらい、緒斗くんのこの手が覚えてる。
誰かが弾いた音源にすがらなくても、数えきれないくらい、私達の演奏を重ねてきたでしょ?」
時には、飛んだり跳ねたり、溜めてみたり、走ってみたり。音を引いたり増やしたり。
どんなに遊んでみても応えてくれる緒斗くんにあまえてみたりして。
実際に弾いてきた私達自身も、全ての演奏を再現しきれないほどに、本当にたくさん。