返事を聞くよりはやく、スッと息を吸い込んで弾かれたその曲は、私が思い描いていた曲と同じだった。

いきなり力強く、けれども弾むようにいきいきと跳ねるそれ。

そこだけで、誰のなんの曲かわかってしまう冒頭の2小節。


緒斗くんがその時奏でた音は、ぐっと引き込まれるような、穏やかな深いやさしさがあふれでていて。

それなのに、決して音の輪郭がボヤけたりせず、楽譜にある "allegro con spirito" の示す通り、活き活きとキレがよく、輝いていた。


その2つを両立できるなんて、どういう魔法なんだろうと。


『これでしょ?
モーツァルトの、2台のピアノのためのソナタ』


緒斗くんが弾き終えてからも、鍵盤から指を離すその瞬間まで目が離せなかったことを、今でも鮮明に覚えてる。


たった2小節じゃ、ちっとも足りなかったことも。

たった2小節だったのに、弾き終わってから気持ちよさそうにする、緒斗くんのことも。