『驚かすつもりはなかったんですが…あまりにも気持ちよさそうに弾いてたので、つい。

今日から臨時でお世話になる、霞(かすみ)と申します』


突然のことでびっくりした私に、少しだけ困ったように笑って、簡単な挨拶をしてしくれた緒斗くんは、敬語で。

私が着たら新卒感があふれでてしまう黒の上下のスーツが、とてもよく似合っていた、大人のひと。


当時臨時教師だった緒斗くんが、昼休みにまで、音楽室にきたのは仕事があるからだと思って。

邪魔したらいけないと、簡単な挨拶と、敬語NGを出して音楽室を後にしようとした私に、


『旭日先生の目には、そんなに真面目そうにみえるかな?

ただ、ピアノを弾きにきただけだよ。
仕事を忘れてね』


どこか少年のように緒斗くんが笑うから、先輩教師の中にも、私と同じように思ってる人がいるんだとうれしくなった。


『なら、一緒に弾きません?
ちょうど弾いてみたい曲があったんです』


そんな緒斗くんと、一緒に弾いてみたいという気持ちと、一度に2人が演奏できるという利点から、提案したそれ。



『…どうしてかな?

旭日先生には今日はじめて会ったはずなのに、不思議となんの曲か想像つくよ』


…まだ、出会った初日。話してからも、数分しか経っていなかったのに。

話しながら、グランドピアノの前に腰掛けた緒斗くんは、改めて私をみて。

『当てていい?』

と。