お茶で喉を潤して、緊張を吐き出す緒斗くんに、改めて笑いかけた。
そんな私を、今度は何を言い出すんだって、伺う緒斗くんに、大切な2小節を弾いてみせる。
…3年半前から、すっかり耳馴染みになった曲。
「覚えてる?はじめて一緒にこの曲を演奏した時のこと」
ー私達の、はじまりの曲。
ー
ーー…
『…ピアノ、弾かれるんですね』
新任教師として赴任したばかりの年。
張り詰めていたものを開放したくて、よく昼休みの合間に、音楽教室へと足を伸ばしていた。
ちょうど、私が赴任した頃には、すでに当時の音楽教師は、家庭の事情で休みがち。
授業の時は、同じ市内の他校から応援がきていたみたいだけど、昼休みにも音楽教室にいるような先生はいないみたいで。
昼休みの音楽室は、自由だったから。
『……?!』
その自由が、私だけのものでなくなったのは、当時お気に入りだったベートーヴェンの悲愴の第2楽章を弾き終えた時。
最後の音を味わって、鍵盤から指を離した私に声をかけてきた人。
…それが、緒斗くんだった。