「ハイ。返事返ってきたよ」
「あ、ありがとう」
私は回してもらった手紙を急いで開けた。
《だよね、だよね!やっぱりカッコいい!!
見てるだけ!?......分かった。頑張る!
え!?何を今更(笑)これだけ話してるんだからもう気づいてるでしょ?
私は......本気で先生が好きだよ?》
あぁ、そうか。
やっぱり千絵は先生が好きなんだ。
私は千絵に慌てて返事を書いた。
《ゴメン!気づかなかったかも。
そっか......。本気なんだね。
あのね。千絵にはゴメンだけど、先生には彼女候補がいるよ》
"先生には彼女候補がいるよ"
これは、私からの千絵に対する"諦めて"の意味を込めた返事だった。
でも、千絵はこんなことぐらいじゃ諦めない。
だけど、お姉ちゃんの幸せを願う私には千絵の恋は諦めてもらわなくちゃならない。
パパとママが死んだ後、10年間ずっと私を育ててくれてたお姉ちゃんのためにも......------
千絵、本当にゴメンね。
こんな友達で本当にゴメン。
「え!?」
私が手紙を回してしばらくした後、後ろでこんな驚きの声が聞こえた。
......千絵だ。
きっと千絵は、私があんなことを書いたから驚いているんだ。
教室は結構静かだったから、流石に先生も気づいて「どうしたんだ?」と尋ねていた。
そのとき千絵は、皆に注目されて恥かしいのか、先生に声を掛けられて嬉しいのか分からないけど、真っ赤に顔を染めていた。
「い、いえ。何でもありません。......すみません」
そう言って、千絵は席に着いた。
だけどそのときの千絵の顔は、真っ青な顔をしていた。
きっと、私の手紙の内容を見たからだと思う。
......それから、国語の授業が終わるまでは私達は一回も手紙のやり取りはしなかった。
手紙のやり取りをやめた私は、千絵の心配をするのではなく、これから千絵にどうやって本当のことを教えようか考えていた。
今の私には、"大切な親友を失うかもしれない"ことよりも"大事なお姉ちゃんの好きな人を取られるかもしれない"という不安しか頭に無かった。
それだけ、私にとってお姉ちゃんの存在は強かった。
私にとって、お姉ちゃんが幸せになって欲しい一番の人物だった。
私の身勝手な望みを叶えるためには、千絵。
あなたに、悲しい思いをさせるしかないの。
大切な、私の親友。大好きなのは変わらない。
でもこれから私は、その大切で大好きな親友を失うかもしれない行動を起こすことになる。
国語の授業が終わった。
きっと千絵は、私の席に真っ先にくるだろう。
手紙に書かれていたことが、真実かを知るために......。
「梨絵!この手紙に書いてあったことって、本当なの?」
千絵は、恐る恐る私に探るような感じで問いかけてきた。
本当だよ。でも、ここじゃまだ言えない。
真実を上手く告げるには、私はまだ準備が整っていない。だから......
「ゴメン、千絵。話すと長くなるから、お昼に屋上で話すよ」
私は千絵を少しでも安心させるために、笑って答えた。
...上手く笑えてたかは分からないけれど。
「うん。分かった。じゃぁ、お昼にね」
千絵がそういうと、そのまま自分の席に戻っていった。
それからお昼までの私達は、一切話さずに黙って自分の席に座っていた。
そして、やってきてしまったお昼。
私は千絵を屋上に呼び、真実を話すことにした。
きっと私達のピリピリとした空気を見て、クラスメイト達はびっくりしているだろう。
「梨絵、教えてくれる?あの手紙に書いてあったこと」
千絵は顔を強張らせながら聞いてきた。お弁当も食べようとしないで。
「お弁当食べながら話そ?
......えっと、千絵が知りたいのは先生に彼女がいるか?ってことだよね」
「うん」
千絵は私の確認に素早く頷いた。
「私に両親がいなくて、お姉ちゃんと二人暮らしってことは知ってるよね?」
私はすぐに全てを話すんじゃなく一言一言間を空けて、千絵に問いかけるようにしながら話した。
「うん、知ってるよ。梨花(りか)さんだよね?」
「そうだよ。...ねぇ、お姉ちゃんと氷川先生の通ってる大学の名前知ってる?」
私は千絵の顔色を伺いながら尋ねた。
千絵は、私の質問に答えられないのか首を横に振った。
「そっか。そうだよね。
あのね、お姉ちゃんと氷川先生が通ってる大学は一緒なんだよ。2人とも同じサークルの先輩・後輩の関係だったんだって。
あ、もちろんお姉ちゃんが後輩だよ?」
千絵は、意味が分からないと言う様に訝しげな顔をした。
「梨絵?何が言いたいの?はっきり言ってくれなきゃ分かんないよ」
「......お姉ちゃんは先生のことが好きなの。それは多分先生も同じ気持ちだと思う。
でも2人は告白してないの。だけどね、きっと2人は付き合うと思うよ。
お姉ちゃんは先生の彼女候補だと思うの。私の言ってる意味分かる?
...お姉ちゃんは先生の彼女同然なんだよ」
私が真実を告げると、千絵は顔を強張らせ目に涙を溜めながら言った。
「だ、から!梨絵は、何が...言いたいの!?」
私はあくまでも落ち着いて、深呼吸をした後告げた。
「お姉ちゃんの"妹"として、"親友"の千絵にお願いする。
......お姉ちゃんのためにも、先生のことだけは諦めて」
私のこの一言に、千絵は堪えきれずに涙を零した。
「ど、して!?どうして、そんなに梨花さんのために、なれるの!?」
「...お姉ちゃんは、お母さん達が死んだ後もずっと私のお世話をしてくれてたから、ろくに遊べていなかった。
だからお姉ちゃんには、ここまで私を育てていったくれた分幸せになってほしいの」
千絵はそれでも、「意味分かんない!!」と泣き叫んだ。
「あたし達、親友じゃないの!?だったら、あたしの恋を応援してよ!!」
「確かに私達は親友だよ。それは変わらない。でも、お姉ちゃんは私のたった一人の家族なの。
だけど千絵。私は、先生の恋を諦めて、って言ってるだけだから。先生以外の人との恋は応援するから!!
だから、今回だけは!...諦めて」
「......信じられない!それが親友の言う言葉なの!?」
千絵はそういうと、お弁当箱を抱えて屋上から去ってしまった。
最後に、この言葉を告げて......。
『梨絵なんて、大っ嫌い!!!』
空はうっとうしいぐらい晴れているのに、私の心は土砂降りの雨みたいだ。
私は、心の中で本当は期待していた。
千絵なら分かってくれる。
あんなに酷い言葉を言っても、許してくれるって期待していたんだ。
でもこの期待は、ただの期待に過ぎなくて千絵は私を許してはくれなかった。
「ごめん。ごめんね。千絵......」
私はそう呟き、その場に泣き崩れた。
ごめん、千絵。私にとって千絵は大事で大好きな親友だけど......。
私の優先順位はいつでもお姉ちゃんが一番なの。
私のせいで遊べることが出来なかったお姉ちゃんには、今までの恩返しとして幸せになってほしいの。
それが、先生の"彼女になること"なの。
そのためには......千絵に諦めてもらうしかなかったんだよ。
涙で視界が霞んで、ろくに前が見えない。
いっそ、今までの出来事が全部夢ならよかったのに。
そうすれば、私も千絵もこんな思いしなくてすんだのに。
千絵を傷つけなくてすんだのに。
でも...現実は現実なんだ。夢なんかじゃすまされないんだ。
これで.....良かったんだ。
仮に千絵が先生に告白して、そこで真実を言われちゃうよりは、私の口から聞いたほうがきっと痛みも少ないはずだ。
私はそう勝手に解釈していた。
空は相変わらず晴れていた。
これで良かったんだよ!
私は自分に言い聞かせ、屋上を出た。
でもね、何故だろう?
これで良かったはずなのに、何故か胸がズキズキと痛むんだ。
私にとって一番大切なのは誰なんだろう?