「ここ、テストに出すから覚えておけよ~」


5時間目の国語の時間。


私は、良く日が当たる窓際の席で夢の世界へと旅立とうとしていた。



……眠い。自分でも驚くほどの睡魔が襲ってくる。


もう、授業なんかどうでもいいや。

後で千絵(チエ)にノートを写させてもらおう。


あ、千絵は高校で初めて出来た友達で、今は私の親友。


この1時間だけ......。1時間だけでいいから、寝かせて。


そう頭の中で呟きながら、私は教科書で顔を隠し机に顔を埋めて目を瞑った。




......時だった。


コツンッという音がしたかと思うと、私の机にメモを千切って4つに折りたたんだだけの手紙が乗っていた。


私は貴重な睡眠時間が邪魔されて、イライラする気持ちを抑えながら手紙が飛んできた方を見た。




国語の時間というと、きっと手紙の送り主は千絵だろう。


千絵はイケメン好きだもんな~。



私の学校では、おじさん・おばさん先生が多いから、イケメンの先生というと結構珍しい部類に入る。


その中でも、国語教師の氷川健二(ヒカワ ケンジ)先生はこの学校で一番のイケメンで生徒からかなりの人気があるらしい。



......別に私はそう思わない。


第一、私は中学生のときに氷川先生と会った......というか、見たことがあるから、今更かっこいいなんて思わない。


そりゃ、あの時はかっこいいと思ったけどね。



......と言っても、私はお姉ちゃんの携帯の写メで見ただけで、先生は私のことなんて知らないと思うけど。












私には大学生のお姉ちゃんがいる。


お姉ちゃんは、現役で先生はお姉ちゃんの大学の先輩だったらしい。

何でも、お姉ちゃんと先生は同じサークルだったらしくて。

どうやらサークルの勧誘の時に先生に一目ボレしちゃって、即入ったって言ってた。
ちなみに"スポーツ同好会"だって。


先生は運動が出来るらしいから、結構ピッタリだったんだと思う。



そこからお姉ちゃんは、先生が卒業するまでに彼女にしてもらいたくてアタックしまくったらしいけど、彼女にはしてもらえなくて。


......まぁ、告白もしてないらしいけど。



だけど、結構親密な仲になった!!って言って顔を赤らめながら自慢げに私に写メを見せてきてた。


そのときに、初めて先生の姿を見て。

思わず、カッコいい!!なんて思ってしまったけれど、それは最初だけで。


毎日毎日、お姉ちゃんは写真を飽きるほど見せてきたから、すっかり慣れちゃった。



......もしも、このとき私が先生に一目ボレしちゃっても、この気持ちを封印するつもりだった。



私の家には、お姉ちゃんしかいなくて。

パパとママは私が小6のときに事故で死んじゃってからは、ずっとお姉ちゃんと助け合って生きてきた。


そのせいでお姉ちゃんには、迷惑ばかり掛けちゃってたから、お姉ちゃんには絶対に幸せになってほしくて。


もしもお姉ちゃんと同じ人を好きになって、幸せになってもらえないんだったら、私はこの気持ちを封印する覚悟でいた。


......だけど、良かった。私が先生を好きにならなくて。


このまま二人が付き合って結婚してくれれば、私は十分嬉しいんだ。






----コツン



私が一人思い出に浸っていると、後ろから消しゴムがぶつけられた。

そのことに少しイラッとしながら後ろを振り向くと、私より更に顔に怒りをこめながらこちら側を見ている千絵がいた。


あぁ......ゴメン、千絵。手紙のことすっかり忘れてた。


私は、「ゴメン」の意味をこめて先生にバレないよう、千絵の方を向いて顔の前に手を合わせた。

すると千絵は、「早く見て!」とでも言いたげに指を指してきた。



私は、千絵に渡された手紙をこっそりと読んだ。



《梨絵!氷川先生超かっこよくない?
今は5時間目だけど、氷川先生がいるから眠気ふっとんだ!!》


と、書いてあった。


......やっぱりな。

どうせ、氷川先生のネタだと思った。


当然、お姉ちゃんと先生がくっつくと思っていた私は、先生がかっこいいだとか正直どうでもいい。


先生は、生徒よりお姉ちゃんを選ぶはずだから。

そう確信していた私は、めんどくさかったけど千絵の手紙の隙間に返事を書いた。


《そうかな?まぁ、確かにかっこいいとは思うけど......。
眠気は吹っ飛ばないよ!今も眠い......。》


その後、手紙を折りたたんで私の後ろの席の子に手紙を千絵まで回してもらった。





すると、今度は投げずに後ろから回ってきた。

あぁ......ずっと手紙のやり取り続けてたら、後ろの子に迷惑かかるんじゃない?



と思っても、私は手紙の隅っこに返事を書いた。

だって、こうして手紙を書いてた方が眠気が飛びそうな気がするし。



それから私達は、先生の話ばっかり手紙でしていた。


主に千絵からくる手紙の内容は、いつも私に話している内容ばっかりだった。


《先生になびかないのは、この学年で梨絵ぐらいじゃない?》

とか。

《先生の授業なのに寝ちゃうのはもったいないよ!!折角あのイケメンを拝めるのに!!》


とか。

もう!このくらいだったら、休み時間にでも話してくれればいいのに!

と思いつつも返事を送っちゃう私も馬鹿なんだけど......。




こうして私と千絵が手紙のやり取りを続けていると、後ろの席の子から肩を突かれた。


「あ、あの~。梨絵ちゃん?」


「ん?何?」


「私......。折角の氷川先生の授業だから、先生を見ておきたいの。だから、あんまり手紙のやりとり続けるのやめてくれない?」


「ご、ゴメン。じゃあ、この次で終わるね」


あぁ、この子もあの先生のファンなのね......。

なんて少~しだけ呆れながらも謝って、手紙のやり取りを終わらせようとすると、後ろの子が付け足してきた。


「それに、先生にバレたら皆の前で手紙読まれるんじゃない?どうせ手紙の内容は先生のことでしょ?」


「う、うん。ありがとね。そうする」


あちゃ~。確かにバレるとヤバイかも。

しかも、手紙の内容もバレちゃてるしね。


でも、こんなにイケメンの先生に彼女(候補)がいることを知ったら、どんな反応するのかな~。


早くお姉ちゃんと先生がくっついちゃえばいいのに!

そうすれば、私も学校で先生を冷やかせるし!





......そうやって、このときの私はお姉ちゃん達の恋を"応援する"立場だった。