どうしても許せない。
目の前の現状が。
西川ルイは、思わずキュッと下唇を噛んだ。
彼女の前の歯は、犬歯のように尖っているので、本気で下唇が痛んだ。
予想外に痛んだ。
プツと穴が開いた。
彼女の口内に、ジワリと地の味か広がる。
酸っぱい。しかも唾液が一気に放出されたようで、歯の奥が痛かった。
いや、しかし、そんなことはどうでも良いのだ。
どうでも……

「え?ルイちゃん!唇切れてる!切れてるよ!」

「ううう…」

「痛いの我慢しないで?涙浮かんでるよ!」

ルイの目の前に座る可愛らしい少女が、ポケットからティッシュを取り出して、流れ出した血を拭いてくれる。
優しい娘だ…とルイは思う。
ティッシュなんて持ってないルイに比べたら、出来た娘だとも思う。
娘の名前は東山愛と言った。
ラブが詰まった彼女に相応しい名前だ。彼女の親はいい仕事をした。
それに引き替え……

「うわっ…人喰い鬼みてぇ」

「…………汚い」

「げ…気持ち悪くなってきたじゃねえか畜生」

愛の隣に座る三人の男は、カスだと思う。
一番右から勇気、正義、萌という名前である。
名字は忘れた。
しかし、少なくとも全員名前負けしていると思う。
特に萌は救いようがない。
モエをこよなく愛するルイには堪えられないくらいモエに対して失礼な男だと思う。
男に付けるべき名前ではない、などということは言わない。
そんなのはナンセンスである。
しかし、もう少し可愛げのある人間にはなれなかったのだろうか?
勇気と正義も含めて……
ルイは愛から貰ったティッシュで唇を抑えながらため息を吐いた。
ルイが許せないのはこの三人のことなのである。
三人は、愛のことが好きらしく、数日前に告白してきた。
そこまではいいのだ。
告白自体は悪くない。
むしろ大歓迎だ。
変なネット彼氏よりも健全でよろしいと思う。
問題は、三人が三人とも愛を深く傷つけた過去があるということである。



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