多分きっと私は。ずっとずっと、やっぱりずっと、榊のことが永遠に忘れられないんだと思う。
 それを自覚しながら、宮下と会い、話しをするこの心苦しさが、榊には伝わるだろうか?
 宮下との約束の時間より30分も早くカフェに着いた香月は、店内奥の隅に腰掛け、ぼんやりと外を眺めていた。
 午後2時前の、このなんとものどかな町の風景が自分に似合う日が来るのだろうか、と意味もなく考える。そうきっと、こんな日が似合うのは、まん丸のお腹をした妊婦とか、小さな子供を抱いた母親とか……そんな優しい者達だ。
 今の自分は、優しくない。
 誰のことを考えてモノを言うべきか、行動をとるべきかが分からない。
 だから、自分のことだけを考える。
 それが正解?
「早いな、いつから来てた?」
 予定時間10分前に着いた宮下は、向かい合わせに腰をかけるなり聞く。
「時間があったから……一時半、くらいです」
「電話してくれたらもっと早くこられたのに」
「そうでしたか……」
 何から話そう、どう話そう、そう考えると、彼の顔が見れない。
「昨日のメール、見た?」
「えっ?」
「不正の件」
「あぁ、はい、ざっとは」
「新店でなんだ。わりと若い奴でね……」
 他愛もない、会社の話から始めた宮下は、コーヒーを注文してもなお、同じ話題を続ける。
「……だから、強化する必要があるって……」
 その話題の途中だが、コーヒーはすぐに運ばれてくる。
「……」
「だけどなかなか予算がなあ……。
 香月?」
「あの、私」
 自分の顔がいかに曇っているか、よく分かる。彼の今までの話なんて聞いていない。
「宮下店長が、好きだということが自覚できたら、と言われて、すごく考えていました。
 で、考えたんだけど、まだ答えが見つかりません……」
「そう……」
 宮下は少し俯いて、コーヒーに目を落とす。
 今日この誘いを持ちかけたのは香月。だから、こちらから何か意味のある話題を出さなければならない。
「私、本当はまだ……ロンドンの彼のことが忘れられません。もう、ずっとなんです。普段は連絡とかはほとんどとりません。自分の中で忘れなきゃって、強く思っていて、思い出さないように、生きてる。
 一旦思い出してしまったら、私また、何も見えなくなってしまって、誰かに引き止めてもらわないと、あの人の側に行ってしまうんです。誰かが帰るように説得しなかったら、私、多分あそこから帰れない」