『………唯!』


腕の中にいる彼女の華奢な身体がビクリとその声に反応した。



『家にいないと心配するだろ。』


彼女との間にひんやりとした
冷気が流れた。



彼女は声のする方に
身体を向けていた。



呼ばれた名前は、
彼女の名前だったようだ。


振り向くと、大学生くらいの
スラッとした長身で、整った顔立ちの優しそうな男が立っていた。



……お兄さんかな?




『早く帰るよ。』




綺麗によく通る声だ。

少しなんだかゾクリと背筋に通るような感じも含んでいる気がして、

彼女の様子を見てみた。



彼女はチラリとこちらを見ると
『ありがとう』と言って傘を返してきた。


涙はもう流れていなかったけど
泣いた痕ははっきりと残っていた。



彼女はそのまま振り向かず
男の元へと向かっていった。



男は彼女の目元を少し拭うような動作をして、こちらにお辞儀をすると彼女を支えるように暗闇に消えていった。





……変な時間を過ごしたな。



彼女の涙の意味は
気になったけど、

ああやって心配してくれる人がいれば大丈夫だろう。



身体が急激に
外の冷気と同調する。



……早く帰ろう。



そう思ってその場を立ち去ろうとした時、

足元にチカチカと光るものが目に入った。




…………?





…………あ。






携帯だ。