「お世話になりました」
「また、いつでもおいで下さい。お待ちしております」
 女将さんは玄関で綺麗な笑顔を浮かべて、深くお辞儀をしてくれた。本当にいい温泉宿だった。温泉は気持ちよかったし、料理も物凄く美味しかったし。

 それにこの温泉宿はあたしとアキラが想いを伝え合った特別な場所だ。それはきっと、ずっと忘れられない大切な思い出になると思う。

「今度は早めに予約しますんで、無理を言ってすみませんでした」
「いえいえ、お気になさらずに。お気をつけて」
「はい、じゃあ、ありがとうございました」
 アキラが照れ臭そうにお辞儀をしたので、あたしも釣られてお辞儀をする。顔を上げた時に女将さんと目が合った。女将さんはあたしをじっと見詰めて、「お幸せに」と言ってくれた。何となく、あたしとアキラがここで何があったのかを全て見透かされているような気がして、赤面してしまう。

「ヲトメ、行くぞ」
「う、うん」
 バイクは少し離れた駐輪場に止めているので、アキラとあたしはそこへと歩く。アキラの少し後ろを歩いていると、アキラが突然立ち止まってあたしをじっと見た。

「な、なによ」
 そして横に並ぶと、問答無用にあたしの肩を抱いて歩き出してしまった。あたしは突然のことに驚いてしまって、彼の顔をじっと見詰めてしまう。
 どうしてこう強引なんだろう。何か一言でも言ってくれたら、少しは覚悟とか準備とかできるのに、いきなりこんなことをするからものすごく恥ずかしくなってしまう。

 こんなのあたしらしくないのは分かっているんだけど、こんな強引な男は初めてだった。でも、不思議ととても嬉しい。