部屋に戻っても、アキラはいなかった。
 あんなに怒っているアキラは初めてだった。あたしは、一体どうしたらいいのだろう。本気になってしまったらきっと、もっと酷い束縛をするだろう。そしてアキラはきっと、そんなあたしの束縛を受け入れてくれるはず。

 でもきっとそんな束縛は、いつかアキラがあたしを見限るきっかけになってしまうと思う。お蕎麦屋さんのご主人も言っていた。「付き合っても長続きしない」って。

 怖かった。怖くて震えが止まらなかった。

 誰かを好きになる、そんなの当たり前のことのはずなのに、手に入れることも失うことも、どちらも怖かった。
 不意にアキラの怒った顔が脳裏に浮かんだ。あたしに向けられた、悲しげな目。

 ――悲しげな、目?

 あのアキラが、悲しそうにしていたの?
 いつも強くて尖っていて、周囲の全てを無視しているような、彼が。もしかして、あたしが、悲しませてしまったの?

 子供の頃の写真の中で、あたしは幸せだから笑っていたんだと思う。なら、あたしと一緒にいてアキラが笑っていたのは、幸せだったから?

 悲しませたのも、笑わせたのも、あたしだったの……?

 あたし、もしかして本当に、アキラに求められていたの……?

 その場に座り込み、あたしは身体を両腕で強く抱き締めた。家族風呂で彼があたしを強く抱き締めてくれたあの時、あたしはその束縛を嬉しいと思った。
 あたしが幸せだったように、アキラはあたしからの束縛をほんの少しだけかもしれないけれど嬉しいと思っていてくれたのかもしれない。