「アキラ、可愛い」
「だからおっさんに可愛いとか言うなって……」

「ねえ、あたしの汗の臭い、そんなに好きなの?」
「ああ、好きだぜ」
「他の女のも、好きだった?」
「そんな女いねえから分からねぇよ」
「嘘吐くな」
「嘘じゃねえ」
 胸に抱き締めたアキラ。あたしは不思議な感覚に襲われる。こんな無茶苦茶な我侭に振り回されているのに、あたしは不思議と嫌だなんてカケラも思わなかった。
 それどころか、彼への想いが溢れそうになる。

「あたしみたいな穢い女の汗なんか、いい匂いのはず、ないじゃない」
「馬鹿、それを決めんのは俺だ」
 こんなところで抱き締めているのだから、周囲の視線が当然のように集まる。けれど、今のあたしには関係なかった。アキラが見せてくれたその表情が、あたしの中に融けていく。

「……あたし、いい匂い、する?」
 彼の顔を覗き込んで、あたしは躊躇いながらそう尋ねた。すると視線を上げたアキラはニッと笑って、あたしと唇を重ねてくれた。

 またバイクは走り出した。背中は相変わらず汗に塗れていて気持ちが悪い。自分の身体のそれがいい匂いだなんて絶対に思えないけど、アキラが好きだって言うのならそれでいいんだと思った。

 やっぱりあたしはアキラの背中に抱きつく。
 色々な想いが浮かんでは消えて、そして言葉に出来ない苦しさに胸が痛くなった。こんな色々な表情を見てしまったら、忘れられなくなりそうで怖い。この旅行が終わったらきっと、彼とは二度と会えないだろう。彼の邪魔はしたくないし、あたしは絶対に見合わない。
 風が背中を撫ぜてくれる。
 まるで励ましてくれているかのように。