2時間ほど眠って、それからアキラのバイクで温泉に向かって出発した。彼のバイクは白いビックスクーターで、色々とカスタマイズしているみたいだ。あたしにはそういうの詳しくないから、正直ほとんど分からないんだけど、彼に「カッコイイだろ」と無邪気な笑顔を向けられると、思わず「うん」と頷いてしまった。でもアキラがバイクに跨った瞬間、あたしは思わず見惚れてしまった。様になっているというか、まるであつらえたみたいにピッタリとはまっていた。

 よく考えてみたら、あたしは替えの下着とかを持ってきてない。それに旅行に行くんだから、どうせならあたしなりのお洒落をしたいと思った。でも家に帰るのは嫌だ。帰って母とか父とかに邪魔されたくない。
「ねえ、アキラ。あたし着替えとか持ってきてないからさ、途中で買い物していい?」
 信号に捕まった時に、アキラにそう告げる。

「あ、そうか。行き着けの店とかあるのか?」
「うん、服はバイト先の古着屋で買うよ」
「よし、じゃあそこに行くか」
「アーケードの入口に行って。そこで待ってて、すぐ近くだから」
「分かった」
 信号が青に変わり彼のバイクが走り出す。ナビシートがしっかりしているから、本当はそんなことする必要はないんだけど、あたしは彼の身体に抱きついた。

 背中から彼の体温と香りが伝わってくる。身体は逞しく鼓動は強くてゆっくりとしていて、彼があたしより随分年上の男性なんだと再認識させる。本当ならば、絶対に接するはずがない男性。互いに恋愛対象になんかなりえないはずなのに、あの出逢いからあたしは彼に恋している。

 そう考えて、あたしは自分らしくない想いに苦笑してしまった。あたしみたいな馬鹿な女が、恋なんて。そんなふわふわした感覚を抱くことなんて決してないと思っていた。どこかでいつも冷めていて、褪せて痛んだレザーみたいな、どこか退廃した関係しか作れないと思っていた。

 彼の背中に抱きついていると、時々彼があたしの顔を覗き込む。視線が絡むとニッと笑って、また前を向く。

 どこかで憧れていた。両親があんな風だったから諦めていた。普通の生き方をできる女の子を、どこか羨ましく思っていた。
 少なくとも今、あたしは普通の女の子みたいに、大好きな彼の背中に抱きついて、幸せを感じている。
 それは嬉しくもあり、そしてその終わりが見えているだけに悲しかった。