「よかったら携帯のアドレス、教えてくれよ。また会いたいな」
 ふざけんな豚、何度も何度もお前みたいなハゲ親父に抱かれてたまるか。一回だけだから我慢できるけど、もう一回なんて絶対に嫌だ。

 顔を顰めて舌を出すと、ハゲ親父はさも残念そうに苦笑した。ハゲ親父を軽く睨みつけ、あたしはバスルームに向かう。とにかくこのハゲ親父の汗とスペルマを洗い流したい。そして早く手首を切りたい。
 傷跡がぞくぞくと疼いている。何度も何度も切り続けてきたから、もう手首はごつごつとした何本もの硬い瘡蓋に覆われている。それを隠す為にいつもリストバンドを巻いていた。でも、これって隠す必要があるのか。リストカットなんてシロモノの傷跡なのだから、隠すのが当然なのか。

 駄目だ、苦しい。切りたい、切りたい、切りたい、切りたい切りたいキリタイキリタイキリタイキリタイキリタ……――

 気づいた時、バスルームは血に塗れていた。いつの間にかいつものように手首をカミソリで切っていたらしい。
 身体を打つシャワーのリズムが心地いい。

 ふと、心が落ち着き沈み込んでいるのが分かった。手首から血が溢れている。あたしみたいな人間の血でも、それは綺麗な紅だった。今まで何度も見てきたのに、今日のそれは妙に美しく映る。
 手首から酷い痛みが走り、あたしは思わず顔をしかめた。痛みはいつもあたしに思い出させてくれる。あたしが足掻いて生きているんだということを。

 馬鹿みたいだ、何してんだろう、あたし。こんなことをして一体なんになるんだろう。友達は今を愉しんで生きている。お金が欲しくなったら親父に股を開いて、それで欲しい服を買って、その服と濃いメイクで素顔を隠して清純なフリをしながら彼氏にも抱かれている。

 あれれ、でもそれってそんなに愉しいことだろうか。何だかめちゃくちゃくだらないんじゃないだろうか。だって、どれもこれもどうでもいいようなことばかりじゃない。親父に抱かれるだけで何万円も貰えるのって確かに楽だけど、それって自分が娼婦とか売女と同じってことで、風俗嬢とかAV嬢よりも何十倍も穢いってことじゃないか。
 いや風俗嬢にもAV嬢にもきっと、生きていく為に仕方なくやっている人だっているはずだ。