「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」
終始営業スマイルを崩さなかった彼女は、丁寧にお辞儀をして見送ってくれた。
「じゃあ、また。」
また、があるのかわからないけれど、私はそう言って航太くんを見た。
「ついでだから送る。」
航太くんは、先を歩き出した。
「えっ?でも、さっきの電話‥」
あれからすでに20分は経っている。
彼女、たぶんかなり怒ってると思うけど。
「あぁ、大丈夫。」
事も無げに言うと、桜並木のある通りへと進んでいく。
「ここ、住んで長いの?」
訊かれて、
「働きだした時から住んでるから、もう4年かな。」
答えると、航太くんは振り返って私を見た。
「あの桜並木、いいよな。」
突然の爽やかな笑顔に、ちょっと面食らう。
「‥あれが気に入って、ここにしたの。」
頷いて返す。
「昨日見た夜桜も綺麗だった。」
また前を向いて歩き出しながら航太くんは言った。
「ちょっと散り始めた今くらいが一番綺麗だよね。」
私もその後ろをついていく。
それを皮切りに、話ははずみ、さっきの嫌悪感が嘘みたいに会話が続いた。
あっと言う間にマンションの前まで来た。
駅から徒歩10分もないから当然か。
「昨日も今日も、送ってくれてありがとう。
じゃあ‥」
エレベーターへと進みかけて、腕を引かれた。
「連絡先教えて。」
しばらく間をおいて、私は頷いた。
断らなかったのは、
航太くんの表情が今までと違って、真剣だったから。