どれくらい泣いていたのか、気付くと周りにいた人達はほとんどいなくなり、俯いて顔を覆いながら泣く私の背中には、おねぇーの小さな手がそっと添えられていた。


「ごめん、もう大丈夫」

鼻をズズッと啜りながら顔を上げた私を見て“あははっ”と笑ったおねぇーは、「ひどい顔!」と言って、鞄から取り出したティッシュを私の鼻に押し当てた。


「んーーっ!!」

抓まれた鼻が思いのほか痛くて、変な声を上げてしまう。

その私の顔を見て、また大笑いしすると、何かに気が付いて再び鞄に手を突っ込んだ。


「あ、航太から電話だ」

独り言のようにポツリと呟き、残りのティッシュを私に手渡すと、通話ボタンを押した。


「もしもしー、航太?――え? なに……それ。どういうこと?」

低く漏れ出る航太君の声で、おねぇーの表情が困惑したように険しくなる。


――どうしたんだろう。

言いようのない不安が、胸の中に一気に広がって……。


「航太、ごめん。ちょっと待ってて。かけ直すね」

電話を切った彼女の視線が私に向けられた事で、その内容が、稜君に関するものだとすぐに理解出来た。


「稜君、何かあったの?」

ドクドクと嫌な音を立てる心臓をの辺りを、少し冷たくなった指先でギュッと握りしめる。


「川崎君、いなくなったって」

「は?」

思いもよらない彼女一言に、血の気が引いた。

そんな私の反応に、少し慌てたおねぇーは、その言葉をすぐに訂正する。


「あー、ごめん! “いなくなった”っていうか……。正確に言うと、誰にも声かけないで帰っちゃったって」


よかった……。

だって“いなくなった”と“帰った”じゃ、えらく違う。

ちょっとホッとしながらも、それでもやっぱり、胸騒ぎのようなドキドキは治まらなくて……。


「航太もさすがに心配してるんだけど……。美月、何かわかる?」

私の顔を覗き込んだおねぇーが視界の端に映り込む。


「ごめん」

「え?」

「私、ちょっと行ってくる!!」

本当は、おねぇーや航太君に、稜君の事を伝えるべきだったのかもしれない。

だけど、それを考えるよりも早く体が反応していた。


「えっ!? ちょっと、美月!?」

立ち上がるや否や、私はその場から駆け出し、おねぇーの慌てたような声を背中で聞いていた。


きっと稜君は、あそこにいる。

あの場所で、一人ぼっちで、空を見上げている――……。