「おねぇー!!」
その姿を見つけて、大きな声を上げながら駆け寄ると、おねぇーは大きな目をパチパチとさせながら、驚いたように振り向いた。
「美月! あんた、仕事は!?」
「もう終わった!!」
いつもならこんな時間に仕事が終わっているわけもないし、今日なんて“終わった”と言ってもいいのかさえ分からないけど。
とにかく息が苦しくて、席に辿り着いた瞬間、膝に手を付いて深呼吸を繰り返す。
ヒューヒューと音を立てる息を何度も飲み込みながら、おねぇーに手渡されたお茶を無理やり喉に流し込んだ。
「稜君は!?」
「川崎君? 出てるけど……」
“ほら”と言って、おねぇーが指をさした先。
そこには、丁度コーナーキックの為にコーナーアークにボールを置いた稜君の姿があった。
「何かあったの……?」
私の様子に違和感を覚えたおねぇーが、少し心配そうに眉を顰めながら声をかける。
「……」
彼女の様子を見ると、稜君は、お婆ちゃんの事を航太君にもまだ話ていないのだろうと思った。
そうだとしたら、今それを私が話すわけにはいかない。
「あとで話す……」
そもそもそれは、私が言う事ではないかもしれないし。
何より“試合が終わるまでは、誰にも話さないで”と言った、稜君との約束は、例え相手がおねぇーでも破っちゃいけないと思った。
「……わかった」
いつだって、どんなに短くても、私の言葉から、その気持ちを察してくれるおねぇー。
それが今、すごく救いに感じる。
何も言わずに前を向いた彼女につられるように、私がピッチに視線を戻した瞬間、耳が痛くなるほどの大きな歓声が湧き起こり……。
その中心にいる稜君は、静かに息を吐き出しながら、空を見上げた。
そのまま、ゆっくりとスタジアムを見渡した稜君の視線と、私の視線がぶつかる。
――あぁ、ダメだな。
こんな時、どんな顔をすればいいのかが分からない。
困惑する私に、一瞬驚いたように目を大きくした稜君は、にっこり笑って、ちょっと手を上げたんだ。
「やったねー!! やっぱり稜君のコーナーは芸術品だね!!」
「うん。本当に……すごい」
隣で嬉しそうな声を上げるおねぇーに、笑顔を向ける。
そのままもう一度ピッチに視線を落とすと、ゴールを決め、仲間に揉みくちゃにされた稜君が、とても嬉しそうに笑っていた。