「佐々木さん、もう帰っていいわよ」

言葉だけを聞くと、まるで労《いた》わってくれているようにも思えるけれど、声で聞くと到底そうとは思えない、お局さんのその言葉。

刺々しい言葉と態度に溜め息を吐きたくなるけど、今日ばっかりは自分が悪い。


「本当にすみませんでした。お先に失礼します」

反省しながら頭を下げた私は、周りのスタッフにも声をかけて、足早にスタッフルームに向かう。


接客業なのに、泣き腫らした目では、当然人前になんか出られなくて、今日は散々周りの人に迷惑をかけてしまった。


「辛いのは私じゃないでしょ……」

自分の不甲斐なさに苛立ちが募って、思わずそう口にする。

誰かが消し忘れたのか、ちょくちょくこれを観に来ているのか……。

点けっ放しのテレビのスピーカーから大きな歓声が聞こえて、思わずそれに目を向ける。


「……」

シャツの胸の辺りをギュッと掴んだ私の視線の先にあるのは、小さなテレビ。

その小さな画面に映されているのは、いつもと同じように、ピッチの仲間に大きな声で指示を出す稜君の姿だった。


「やっぱりプロだね。強いね……」

小さくそう呟いた次の瞬間だった。

ほんの一瞬。

稜君が見上げたのは、空に浮かぶ月。


「……っ」

時計に目をやると、時刻は十九時四十分。

ここからスタジアムまでは、急げば三十分で着くはず。


今から出れば、後半には何とか間に合うかもしれない。

行くべきか、そうでないのか。

一日中、ずっと悩んでいた。

だけど……。


「行かなきゃ」

着替を終えた私は、引っ手繰《ひったく》るように鞄を掴むと、急いでお店を飛び出したんだ。