「ただいまぁー……」
覇気のない声で玄関を開けた私の耳に届くのは、今日も無邪気なお母さんの声。
「お帰り! ナイスタイミングねー! 今ちょうど天ぷら揚がったところっ!」
いつもは騒がしく感じる声も、気分が沈んでいる日は、ちょっと助かる。
「やったぁ! 着替えてくるね!」
カラ元気を隠すように元気に声を上げて、階段をのぼって自分の部屋で着替えを済ませ、リビングに戻ると、お父さんが帰って来ていた。
「お父さん、早かったねー」
「おー、今日はちょっと疲れてね。美月、ちょっと付き合わないか?」
そう言いながら楽しそうに笑って、お猪口を傾ける仕草をする。
「しょうがないなぁ。付き合ってあげるよー!」
そんな事を言いながらも、私もちょっと呑みたい気分だったから、丁度良いと思った。
――だけど。
「この前は、大変だったみたいだな」
「……え?」
お母さんが揚げてくれた天ぷらを肴に、日本酒を呑み始めて十数分。
お父さんの一言に、お猪口を傾ける私の手がピタリと止まった。
「ニュースで見てビックリしたよ。稜君、ケガはなかったのか?」
そっか。
あの日の事か。
お父さんの一言で、立ち上る赤と白の煙の中、空を見上げる稜君の姿が脳裏に浮かぶ。
「……うん、大丈夫」
「そうか」
きっと、私の様子がおかしい事に気が付いたのだと思う。
小さな沈黙に気まずさを覚え、会話を探す私の耳に、
「あの子は、いい子だな」
お父さんの、ゆっくりとした声が届いた。
「うん」
何故だろう。
理由はわからないけれど、どうしても止める事が出来なかった。
無意識のうちに溢れていた涙が、私の頬をポロポロと伝い落ちる。
そんな私を見て、一瞬驚いた顔をした後、お父さんは少し困ったように笑った。
「参ったな」
「え?」
「いつもは頑として泣かない美月を、こんなに簡単に泣かせるなんて」