下を向いて、真っ白な煙に飲み込まれそうになる稜君を、抱えるようにして避難させるスタッフの姿が滲む視界に辛うじて映る。
ダメだ。
爪が手の平に食い込むほどに、拳を握る。
――“本当にどうしようもなくなった時”。
稜君。
きっと今がその時だって、私は思うんだ。
「行かなきゃ」
行かないと。
“イギリスに行く”って、今、稜君に伝えないと。
床に投げ捨てた携帯を拾うと、私はもう一度、稜君に電話をかけた。
「お願い!!」
鳴り続ける呼び出し音に、少しの苛立ちを覚える。
映像で見た限りでは、稜君がケガをした様子はなかった。
でも、もしかして……。
最悪の状況を想像して、嫌な音を立て続けている心臓を、グッと押さえる。
お願い……出てっ!!
祈るように、携帯を握る手に力を込めた瞬間――
「……はい」
やっと耳に届いた、あなたの愛しい声。
「稜君……っ!!」
思わず大きな声を出てしまった。
「……なーに?」
それにクスッと笑いながら、稜君はいつもと同じように返事をする。
だけど、感情の伝わらないその声に、また涙が零れ落ちてしまった。
「稜君……私、イギリスに行きたい」
「……」
「仕事もね、ちゃんと見付けたから!! だから……っ」
“イギリスに行く”
そう口にしようとしたのに。
「美月ちゃん」
「え?」
「大丈夫だから」
静かに響いた稜君の声は、あまりに冷たく鼓膜を震わせる。
「心配かけてごめん。でも、大丈夫だから」
「でも!!」
「美月ちゃん?」
「う……ん?」
「ごめん」
どうして、謝るの?
「もし俺の為だとか、俺の事を想ってこっちにって思ってるなら」
「……」
「大丈夫だから」
“大丈夫だから”?
それは“来なくて大丈夫だから”って、そう言っているの?
「今日のはさすがにちょっとビックリしたけどねー」
いつものようにおどけるあなたの声は、全然“大丈夫”なんかじゃないのに。
「一瞬パニくった」
どうして?
「美月ちゃん?」
どうして、平気なフリをするの?
「おーい! 聞こえてる?」
「……」
稜君。
あなたにとって、私はなに?