「そう言えば、さっきの話の続きは?」

リビングの椅子の上に持っていた鞄を置いた私は、正面に座った稜君に問いかけた。


「ん? 何だっけ?」

「何で下に降りて来てくれたのかって」

「あぁ!」

やっと質問の意味を理解したらしい稜君は、何度か頷いたあと言ったんだ。


「電話で明らかに様子がおかしかったから、迎えに行ったら、あんな場面に遭遇した」

「そっか」

小さく呟私に、スッと伸ばされた手が、そのまま髪を撫でて頬に滑り落ちる。


「あいつが言ってた事、ホント?」

私の目を真っ直ぐ見つめる稜君の瞳は、少し悲しそうに揺れていた。


「笑えなくなってたって、ホント?」

「……それは、違うの」

言葉に詰まってしまった私の心の中を覗くように、真っ直ぐに向けられる視線。

それから瞳を逸らしちゃいけないと思った。

自分の気持ちを、隠すことなく伝えたいと思った。


「最近、色んな事がよくわからなくなっちゃって」

「……それは、俺の事も含めて?」

「稜君が好きな気持ちに変わりはなかったけど、仕事でイッパイイッパイになっちゃって、頭の中がゴチャゴチャになって」

「……」

「気付いたら、マイナスな事ばっかり考えちゃってさ」

震えてしまいそうになる声を必死で抑える私の頭上から、稜君の小さな溜め息が聞こえた。


「ねー、美月ちゃん?」

その優しい声に、ゆっくりと顔を上げる。


「俺は、そういう事を話せないくらい頼りない?」

「ち、違うよ! ただ……っ」

「“ただ”、なに?」

「稜君も頑張ってるんだから、私も頑張らなくちゃって思って」

「うん」

「せめて、稜君と電話したり、メールしたりしてる間くらいは、元気な自分を見せたいなって思って……」