「さっきは心配して頂いて、ありがとうございました」

笑顔で言葉を返すと、運転手さんもにっこり笑い返してくれて、そのまま視線を隣の稜君に移し、行き先を訊ねる。


「取り合えず、スタジアム方面に走ってもらって、その後I駅までお願いします!」

「……」

「ん?」

「ううん、何でもない! 遠回りさせちゃって、ごめんね」

なんて、誤魔化してみたりして。

本当は、稜君の言葉に、ちょっぴり淋しさを覚えたんだ。


そんな事、無理なのはわかってるけど、“もう少し、一緒にいたい”――そんな風に、思ってしまう。

窓を流れる景色を眺めていると、頭が少しずつ冷静さを取り戻しているのか、さっきまでの温かい気持ちが少しずつ萎んでいく気がする。


「良かったですねー」

ちょうどいい温度に保たれたタクシーの中。

突然の運転手さんの言葉は、私に向けられたものではないと思っていたんだけど……。

ミラー越しに目が合って、そこで私へのものだった事に初めて気が付いた。


「……え?」

「彼氏さんに、逢えて」

か、彼氏じゃないんですけど!!

行きのタクシーの中でも、彼氏に会いに行くなんて一言も言わなかったのに、運転手さんは隣に座る稜君を彼氏だと思ったらしい。

慌てて隣の視線を向けると、稜君は目をパチパチとさせながら首を傾げていて……。


「あ、あの……っ!」

“違うんです!”

稜君がその内容を理解する前に訂正しようとしたのに、運転手さんは私の慌てる様子に気付く事なく、話を続ける。


「いやー、もう凄い慌てようだったんですよ?」

勘違いしているんだから当たり前なんだけど、悪びれる様子もなく、微笑みながらミラー越しに稜君に瞳を向けた。


運転手さんの言葉に一瞬目を大きくした稜君は、チラッと私に視線を送り、

「そんなに慌ててました?」

まるでいたずらっ子のように笑うと、何故か楽しそうにそんな質問を口にする。


「ちょっ、ちょっと! 稜君!!」

空港に向かっている時の自分は、よく覚えてはいないけど、本当に必死だったことは確か。

それを知られるのが恥ずかしくて、思わず彼の腕を掴んでしまった。


私を見下ろす稜君と、彼を見上げる私。

至近距離で目が合って……。


「――……っ」

また心臓が、大きく跳ねる。