「ちょっと待っててね。タクシー呼ぶから! あ、電源切りっぱなしだった!」

携帯を取り出した稜君は、さっきとは打って変わって、いつも通り呑気な彼に戻っている。

こっちはさっきのあの言葉のせいで、ドキドキが治まらないって言うのに、本当にいいご身分。


ちょっと悔しくて、不貞腐れた視線を稜君に送ってみたら、携帯に耳を当てたまま「ん?」なんて可愛い顔で首を傾げるから、逆効果だし!!

私の小さな反抗は大失敗で、自分のドキドキを大きくするだけだった。


そんな私の気持ちなんて知る由もない稜君は「ヨロシクお願いしまーす」と電話を切ると、携帯をポケットにしまい、私に向き直る。


「たまたま近くにタクシーいたから、すぐ来るって!」

「ありがと……」

「いえいえー」

そのまま道路横の柵に寄りかかっていると、稜君が言った通り、本当にすぐにタクシーが到着した。


「俺、奥でいい?」

大きく開けられたタクシーのドアの前で、ちょっと首を傾げた稜君。


あぁ、そっか。

今日はスーツだし、ヒールの高い靴を履いているから……。


「ありがとう」

彼は普段の生活では、こういう気遣いの仕方をするんだなぁなんて、またちょっとドキドキしたりして。

今日の私は、本当にどこかおかしいのかも。


笑ってお礼を言った私に、稜君は“何の事やら”と言わんばかりの恍けた顔を向ける。

その顔にまたクスクスと笑いながらタクシーに乗り込むと、「あれ?」と声を漏らした運転手さんの視線が私に向けられた。


「さっきはどうもー!」

「あ……」

顔を上げた私の目の前。

運転席で、目尻のシワを深くしながら笑っていたのは、ここに来る時に乗せてもらった運転手さんだった。