「さて、そろそろ帰ろうか!」

周りの空気がひんやりしてきた頃、稜君が服についた草をほろいながら立ち上がった。


「うん」

だけど……。

あれ?

キョロキョロと辺りを見回す私に気付いた稜君が、不思議そうに声をかける。


「どうしたの?」

「いや、稜君バイクで来たのかなぁって思ってたから」

「あぁ、なるほど! でも、今日は残念ながらタクりました。ホントはね……」

「え?」

ヒソヒソ話をするみたいに小さな声を出す稜君に、ちょっと顔を近づけた。

そんな私の耳元で、彼は少しだけ笑いを含んだような声で言ったんだ。


「バイク、禁止」

「えぇっ!?」

「ケガしたら、まずいからね」

「……確かに」

「だから、あの最上さんの日は“ラッキー”だったんだよ」

思い返してみれば、稜君は“到着が早かったからビックリした”と言った私に――“今日はラッキーでした”――そう言った。


「そうだったんだ」

そんな裏話があった事を、今更知るなんて。


「うん! でも、もしバイクじゃなかったとしても――」

そこまで言うと、隣に立つ私にその目を真っ直ぐ向ける。


「絶対、十分で行く自信あったけどね」


ドクン。


「最上さんなんかに、絶対あれ以上触らせてあげない」

「……っ」

明らかに動揺している私を見て、クスッと笑った稜君は、

「約束、守るから。楽しみにしてて」

目を細めて、いつもよりも、少し低い声でそう言った。

それはあの花火の日に見せてくれた“男の人の顔”で、私の胸を、どうしようもなく熱くする。


やっぱり……ダメだ。

胸が、痛い。


子供みたいに、無邪気な稜君。

だけど、時々見せる“男の顔”がますます私の鼓動を狂わせる。

ううん。

鼓動どころか、思考だって……。


“甘えたい”

“守ってもらいたい”

今まで彼氏に対して望んでいたのはそんな事ばかりだったのに、今は違う。


私は、稜君を支えたい。

稜君と対等な立場でいたいと、強く思う。

こんな気持ちを男の人に抱いたのは、初めてだった。


だから私は、おねぇーにも負けないくらいもっともっと強くなりたいと思った。

もしも彼女がいて、想いが通じなくても、それでも後悔しないくらい頑張れるように……強くなりたいと願った。