私はやっぱり何も言えないまま、巻き上がった風に揺れる彼の柔らかい髪を、ぼんやり眺めていた。

俯いている稜君は、きっともう泣いてはいない。

それでもヒシヒシと伝わってくる悲しみに、私が唇を噛みしめた時だった。


「そんな悲しそうな顔しないで!」

ゆっくり顔を上げた稜君は、にっこりと笑いながら、そんな言葉を口にした。


「ホント、美月ちゃんのおかげ。だから“ありがとう”だよ?」

そう言って、戸惑う私の顔を覗き込む。

じっと瞳を見つめる私に小首を傾げる稜君は、確かに最初にここで話を始めた時よりも、スッキリした様子にも見えた。


「私、ちょっとは、稜君にお返し出来たかな?」

「“お返し”?」

「うん。だって、いっつも助けてもらってばっかりで……。最上さんの時も、秀君の時も」

「あぁ……」

私のその言葉に、忘れていたそれを、たった今思い出したかのような返事をした稜君は、

「あんなの、何でもないよ?」

また優しく笑いながら、そう言ったんだ。


そしてその後、顎に手を当てて、ちょっと考え込むような仕草を見せて。

何か思いついたような顔を、私に向けた。


「お礼、何がいい?」

「へっ?」

「ん? “お礼”!」

当然見返りなんて求めていなかったから、稜君の言葉の意味が、すぐに理解出来るはずもなく。


「……お、礼って?」

顔を顰めながら、思わず聞き返す。

そんな私に、稜君はクリクリとした茶色い瞳を向けて言ったんだ。


「お礼はお礼だよ! 何でも言って!――って言っても、俺サッカーくらいしか出来ないからなぁ」

そのまま勝手に話を進めながら、困ったように眉間に皺を寄せた稜君は、次の瞬間、また何かを閃いたように瞳をキラキラとさせた。


「アシストとゴール、どっちいがいい?」

「え?」

最初の質問さえまだ呑み込みきれていない私は、また新しく出された質問に、更に困惑するばかりで……。


「次の試合で、一個、美月ちゃんにあげるっ!」

「私、に?」

ここでやっと、全ての意味を理解した。

「一個と言わず、全部でもいいか」――そう呟いた稜君は、なんだか少し楽しそう。