深夜、家を抜け出したのはいじけたからでも怒っていたからでもない。畑の端にある小屋を思い出したからだった。
 父親の故郷は山に囲まれた北国で、夏休みに来たときの緑で覆われていた風景は白一色に変わっている。
 正悟は着膨れで突っ張る体を揺すり、月明かりを照り返す雪原を進んだ。
 小屋の中は当然、無人だった。
 正悟は闇の中、腰を下ろしつぶやき始めた。
「雪女さん。出て来て下さい」
 もう一度つぶやき、さらにつぶやく。眠りに落ちるまでつぶやき続けた。
 朝になり、腫れて上手く開かない瞼と痛む喉をマフラーごしにさすり、正悟は小屋を出た。
 雪女は夢の中でさえ出て来てくれなかった。
 来るとき以上に足に絡む積雪を荒く踏み締める。足を下ろすのと同時に顔を上げた。
 そこに光の柱があった。
 太陽柱だった。空気中で凍った雪というにはまだ幼い、出来たばかりの結晶へ日光が反射してできる現象。白い光の柱である。
「あ、あの、好きな人はいますか? 」
 正悟は柱に向かい叫んでいた。
 答えはない。柱の中できらめく粒子が揺らいでいるだけだ。
 除々に霞んでいく太陽柱を眺めながら正悟は再び逢いたいと思った。
(了)