亜子は、何もかも忘れているー。
「改善する方法がわかんないわけね…」
千菜は赤毛を揺らし、空を見上げた。
酒を注ごうとするも、もう中身は空だった。
「唯は…」
隣で泣きそうになっている唯の頭を撫でる。
「辛いことがあっても、問い詰めないと絶対に言わない奴だったのに…亜子が帰ってきて甘えん坊になった。やっぱりあんたの姉は…亜子しかいないんだね」
ーその言葉に、唯は妙に納得した。
亜子がいない悲しみから、心に鍵をかけていたのかもしれない。
千菜の手が唯の頭から離れた。
彼女は悲しい表情をしていた。
「だったら亜子に言いなさいよ!ちゃんと意志を伝えなきゃ、きっともっと駄目になっちゃう」
そのまま今度は手を唯の背中にまわし、横から抱きしめた。
唯は抵抗することなく、安心するように千菜の腕の中で目を閉じた。
「今、彼女を変えられるのは唯しかいないんだから」
「……」
千菜といると、気が紛れる。
それが他の者とは違う感情ということだけは分かっていた。
唯にとって千菜は、大切なものに入る。
だからこそ唯は、その言葉を心に刻んだ。
「ありがとう」
千菜は微笑むと、腕を離した。
しばらく他愛の無い話をしていると、誰かが向こうから歩いて来るのが見えた。
一瞬にして、その場の空気が変わった。
「姉様!!」
唯が声をかけても、亜子は何も言わない。
そのまま通り過ぎようとした所を千菜が捕まえる。
千菜は亜子と直接で面識はないが、人見知りをしない為話した事の無い人でも普通に接せていた。
「変よ…どうしたの?」
「…っ!!」
亜子の目から涙がぽろぽろこぼれる。
それを拭ってくれる龍は、もう仲間じゃない。