「唯」
一人外でたそがれる唯にある女性が話しかける。
しかし唯は、それに全く気付く様子がない。

女性はそのまま唯の隣に移動し、顔を覗き込む。

「千菜っ」
「やっと気付いた」
千菜は唯を見てけらけらと笑う。
そのまま持っていた酒を置き、座り込んだ。
千菜が唯を見て座れと言ったので、唯も座った。

千菜は4歳年上の19歳。
桜の屋敷の数少ない頼れる戦力。

「あんたも飲む?」
「僕はまだ未成年だ」
「つれないわね~あたし、14から飲んでたよ?」

千菜は明るい口調で笑い出した。
その笑顔を見ている唯は、羨ましくなった。
彼女は心から笑えているのだから…。

「本当につれない」
千菜が酒を飲みながら言う。
唯ははてなマークを浮かべた。

「聞きに来たの。話しなさいよ」
彼女が言う”話”とは、唯の悩みの種の事だろう。
彼が悩みを抱えている事に気付き、心配して来てくれたのだ。
今の唯には、その優しさがいつもに増して感じられた。
「ふ…っ」
唯は微笑んだ。

「何笑ってんの!?」
「千菜って、いつもそうだよな。何かあるたびに気付くんだから…」
「あたしはあんたのもう一人の姉のようなもんだしね♪」
辛いとき、分からないとき、いつも傍に居てくれた千菜。
彼女無しでは、唯の人生は語れないというほどだ。

「…姉様が…あんな状況なのに、僕は何も出来ない。彼女はこの屋敷に何の愛着も持っていない。ただ恨み、憎しみがあるだけー」
全面戦争など、したくはなかった。
絶対に無事では済まない。
死ぬ覚悟と、大切なものを失う覚悟をしなくてはならない。
そんなことは絶対にしたくない。
何かを守る戦いしかしない…。
それが桜の一族の掟だったのに。