「…龍?」
その人物は、亜子の手前でとまった。


「呼び捨て、か…」
龍は少し寂しそうに笑う。

「お前に”様”をつける義理はもうない」
亜子は龍の腹部に目をやる。
包帯が巻かれ、治療されたようだった。


「もう…俺のこと、嫌いなのか?」
龍は素直にその質問を聞いてきた。
思わず手間取って龍の顔を見てしまう。

「好きなんかじゃ…ない!!」
ー違う。好き。

「お前なんて…大嫌い…」

龍の事を考えるだけで悲しくて、会いたくなって。
傍にいると常に嬉しい気持ちになった。
もっと一緒にいたいって、ずっと思っていた。
あなたが抱きしめてくれたこと。
あなたがキスをしてくれたこと。
私の中に、まだ残ってるんだよ…。

裏切られたと知ったとき、心の中に今までに無いくらいの闇が生まれた。
何か龍に復讐がしたいと思ってしまった…。

私を…めちゃくちゃにした罰を与えたかった。

皮肉だね、敵なのに…こんな運命だなんて。
でもそんなこと、言えない。
言ったら龍は優しく迫ってくるに決まっている。
そうすれば、決心が揺らいでしまう…。
私は父上の意思を継がなきゃいけない。
誰にも、絶対左右されたくない…。

「ーうん」
龍はそう言って優しく言うだけ…。
気付くと亜子は龍の胸倉を掴んでいた。
そんな彼女を引き離すことも無く、優しく包み込む龍。
ー甘えちゃいけない…この人は敵…
いけない…筈なのに。

離れたくなかった。


「亜子が決めたことなら、俺はとめない」
ー予想外の言葉だった。
龍の胸の下で、亜子の顔は驚きを隠せない。

「亜子の好きなようにすればいい。でも…分かって欲しいんだ」
龍は更に続けた。

「確かに最初は同情だけで優しくしてた。でも、それは段々違う感情に変わった。俺、本気で亜子の事が好きだったよ。守りたいと思ってたんだ…」
ーズキン。
心が痛んでいる。

「だけど、あの事件が起きて…俺は、とんでもない事を犯したなって思った。ごめんな…。あそこで死なせてれば良かったんだよな…俺のせいで…お前を不幸にしてしまった。この罪は償うべきだ…。お前が俺達を殺したいと思うなら、いつでも相手になる。亜子の好きなようにさせるって…皆で決めたんだ」