水滴を滴らせたグラスの中で崩れた氷の音で、週始めに見た占い順位を思い出していたことりは、現実へと意識を戻す。

会社帰りによく利用している駅に隣接したビル内のカフェ『アラベスク』
白を基調としたやさしい色合いの店内にオレンジ色のやわらかな照明が安らぎのある空間を生み出し、通りに面した大きな全面の窓からは足早に行き交う人の様子が伺い知れる。シンプルな木のテーブルと椅子。クラシックのBGMが静かに席間を流れていた。

壁面に飾られた抽象的とも取れるアーティスティックなポスターの真下に並ぶ、ゆったりとしたソファ席。店内で一番のお気に入りの席に座ったことりの前にはテーブルを挟んで一人の男性の姿。

自然に下ろした癖のない前髪は中心が長く、束感を残した明るめの茶髪と、無造作に跳ねた短い髪が人懐っこい小型犬のような印象を思わせる。ただ、その表情は緊張に唇を噛み、叱られた子供のように椅子の上で身を縮ませていた。

彼に話しかけられたのは10分前で、混み合った店内に相席を頼まれ、どうぞ。と答えた。


それが最初だ。


初対面であれこれ話す内容も間柄でもないため、読んでいた文庫本の続きに目を落としたことりの予想を反し、「すいません」と声がかけられる。何かしただろうかと思い開いたページから正面へと顔を上げた。



落とされたのはある意味、爆弾だ。



「俺と付き合ってください」