何度も顔を合わせて、ことりが逃げようとしなくなったことに気づいた崇也は、渋っていたのが嘘に思えるほどあっさりと携帯を返してきた。


「もう、なくても大丈夫だって思えたから返す」


素直に、だが少し照れたように顔を合わせずことりに突き出してきた姿は、悪戯が見つかって叱られた子供のようで、ことりもそれまでの怒気を削がれてしまった。

面と向かって言われたわけではないが、有耶無耶にして逃げられることが嫌だったのだとも取れる言動を知った今となっては、ことり自身、少し悪かったかなと反省した。


(今まで会わなかったのが不思議・・・違う。そうじゃない)




会わなかったんじゃない。わからなかったんだ。

沢山の人が行き交う中で、人の中に彼が埋もれてしまっていただけ。

彼を崇也として認識できてなかっただけ。


だとしたら、

彼の中では私は、沢山の人の中で人に埋もれず、たった一人、認識できた存在だったのだろうか?



(それなら、少し、嬉しいかも・・・・)







「何、俺の顔、何かついてる?」

じっと見られていることに気づいたのか、ずっと読んでいた本から顔を上げた崇也は首を捻る。

「あ、ううん、じゃなくて・・・ちょっと考えごと」
「へぇ?見惚れてた?」
「・・・ばか」


何故、そんなに思いつくことが前向きというか、おめでたいのだろうか。


自意識過剰な上、自信過剰なところは苛立つ時もあるけど、嫌いではないと思う。
発言には大なり小なり問題はあれど、基本的には紳士だ。

何も言わずとも椅子を引いてくれたり、車道側を歩いてくれていたりと、自然な身のこなしがとてもスマート。

今だってソファ側の席を譲ってくれていて、ある意味一種の才能めいたものを感じる。




異性に好かれる才能だ。