毎朝袖を通すものが、制服からスーツに変わっただけ。

それだけなのに、もう子供じゃないのだと思い知ったのだ。

自分の足で立って、自分の生活は自分で守っていくものなのだと。




(だから、誰か別の人を心に入れる余裕なんてない)




やっぱり断ろう。と気持ちを固めて、ことりは傍らの書類を手に取った。









目の前の仕事に集中している間は何も考えなくて済む。

だからか残業したい気分ではあったが、あれから特別何かがあるわけでもなく、今日ばかりはことりの願いを裏切るように、定時での帰社となった。

常であれば、こんな時はお気に入りのカフェでのんびり、というのが定番であるのだが気持ちが傾かない。約束も待ち合わせもしているわけではないが、カフェ「アラベスク」に行けば彼がいる気がした。

「断る」とは決めたものの、面と向かって「言える」状態ではまだなかった。だからなのか、進む方向はカフェの入っているビルとは全くの反対方向だ。




帰る方向ではないため、あまり来たことがなかった道を歩きながら、ショーウィンドウに飾られた商品にぼんやりと視線を送る。



2月も始めにもなれば、店頭に飾られるのは桜の花びらのような柔らかいトーンのシャーベットカラーやパステルカラーばかりで、目には楽しいが、風にふわりと揺れる薄手素材の生地感には肌寒さを覚えた。


「どうぞ~、手にとってご覧くださいね~!」

ショーウィンドウの前で、細ストライプのシャツにマーメイドラインの膝丈スカートを細ベルトでまとめたスタイルのマネキンを見ていたことりに、にこやかに店員が声をかけてくる。

その店員を見て、正確には店員の背中を流れるサラサラのストレートヘアを見て、買い置きのシャンプーが無くなりかけていたことを思い出した。


「また今度にしておきます」


軽く会釈してそのセレクトショップの店先を離れると足早にドラッグストアへと向かう。




そのドラッグストアはことりが避けたカフェとは階は違うものの同じビル内にあったことをすっかりと忘れていた。