「鼻水すすってのが丸聞こえじゃねェかよ。素直に言えよ、俺がまた絵を描いて嬉しいんだって?」


俺の挑発にすっかり乗ってしまったタローが少しだけ息を吹き返す。


『ふ、ふざけんな。風邪ひいてんだよ、お前と違ってバカじゃないから風邪ひいちゃうんだよな。お兄ちゃんなめんなよ』


(お兄ちゃんって…懐かしいな)


幼かった俺達は毎日のように喧嘩していて。堪忍袋の緒が切れた母さんに納戸に入れられた事があった。

真っ暗な納戸が怖くて怖くて泣き出した俺の手を掴むとタローは「お兄ちゃんがいるから大丈夫だろ」と言った。

そして夜が更けて、納戸から出して貰った時、盛大に泣いたのはタローだった。

その時は『なんだタローも怖かったんじゃねェか。弱虫じゃねェか』なんてぼんやりとタローを見ていた俺だったけど

俺が泣いたからタローは泣けなかったんだと、俺がいるから泣けなかったんだと、

そんな事に気がついたのは何年も後の事だった。


『俺は風邪だ!』


「てめェはガキか」


(見方を変えただけで、世界は変わる)