「待ちな」

 結局、逃亡は叶わない。腹に腕を回されたあげく、しがみつかれてしまった。思う以上に力が強い。振り払えない。

「まだ最後の質問が残ってるよ」

 みっともなくもがく俺に女はクスクスと笑い続けた。無駄な抵抗だと諦めた俺は渋々、先を促すことにする。

「じゃあ早く言え。そして離、」
「アンタ、自分は"何色"だと思う?」

 耳障りな笑い声が消えた。腹に回された腕に更に力が込められる。

 ああ、まただ。

 身体が強張る。"黒"だとはいえ相手は小柄な女だ。何を恐れることもない。それでも脳内とは裏腹に身体は動くことを拒否する。
 本当に、なんなんだ、この女。

「最後の質問だ。よーく考えるんだよ」

「……俺は"白"だ。考えるまでもない」

「だーかーらー、"よーく考えろ"って言ってんじゃないのさ。まったく頭の堅い男だねぇ」

「言ったはずだ、俺は謎かけが嫌い、」
「アンタ、おかしいと思ったことはないかい?」

「……何をだ」

 風で葉が数枚、散っていった。一緒に運ばれてきた砂埃が目に入らないようにと反射的に目をつむる。

 再び目を開いたとき、視界に広がったのは"緑"だった。

 どうやら女は風で飛んできた葉を捕まえていたらしい、摘んだ葉を俺の目線まで持ち上げていた。背伸びをしているのか手がプルプルと震えているのが若干、気になるところではあるが。第一、話をするだけなのに、なぜこの体勢でなければならないのか、そもそもの疑問である。葉を掲げていない方の女の腕は未だに俺の腹の辺りにある。

「例えば、この葉っぱ。"緑"だろう?」

「見れば解る」

「まあ、そう言いなさんな。一口に"緑"と言ってもねぇ、"緑"にだって色々な"色"がある」

 コバルトグリーン、ディムグリーン、オーシャングリーン、アップルグリーン、フォレストグリーン…。女は自分の思いつくままに"緑"の"色"の種類を述べているようだった。

 "緑"だけではない、解っている。

 加えて例をあげるなら、"赤"。クリムゾン、スカーレット、カーマイン…。一口に"赤"と言っても種類は様々だ。
 だから、なんだと言うのだろう。

「それでも"緑"は"緑"として一括りにされちまう、"緑"の者は皆、全く同じ"緑"のカラーコードを持って生まれてくる…」

「何が言いたい」