「あともう二つだけ、アンタに質問をしよう」

 女は片手を俺の左頬に置いたまま、右手を鎖骨の辺りでさまよわせた。

 相手は女だ、振り払えばいい。だが、なぜか、それができない。足がすくむ。

 女の手が止まった。服の間をくぐって左の鎖骨に指が乗る。背筋がゾクリと寒くなった。左の鎖骨には俺のカラーコードがある。

 真っ黒な爪をした指が服をめくった。白のカラーコードを確認して満足したかのように女は笑う。

「アンタはアタシを"黒の者"と、そう言ったねぇ」

「……それが、どうした」

「どうしてアタシが"黒"だと思ったんだい?」

「黒ずくめだからだ。他に理由なんて、」
「カラーコードを確かめたわけでもないのに?」

 女がクスクスと笑う。

 左頬にあった手が首筋を滑った。思わず身を震わせる。

 そして、この女は、あろうことか俺のカラーコードに唇をつけたのだ。ご丁寧にリップ音までつけて。

「は………?」

 思わず疑問の声が漏れる。女は再び満足したかのようにニヤリと笑って今度は、あろうことか俺の鎖骨に噛みついた。いや、噛みついただけではない。ねっとりとした感触が僅かな痛みの後を追う。

 さすがに今度は声がでない。代わりに出たのは両手だった。女の両肩を掴んで引き剥がす。

「あ………、な…っ、あんた何を……っ、意味が、」
「意味なんて特にないさ」

 動揺の色を隠せない声を遮って女は平然と言ってのけた。意味がないのに、あんなことをするのか、意味が解らない。

 口を開くも、まともに言葉の紡げない俺に女はフンッと鼻を鳴らした。

「腹が立ったんだよ。アンタ男のくせして白くてキレイな肌してるじゃないか」

「だからって、」
「顔もよく見ればキレイじゃないか。女に困ったことはなさそうだねぇ?」

「な、」
「ああ、でも、そんな初々しい反応をするってことは……」

「黙れ、黙らないなら黙らせ、」
「ハイハイ、コワいコワい。ところで気づいてるかい?アンタ、真っ赤だよ」

「俺は"白"だ!」

「顔の色の話だよ。なんだいアンタ、案外かわいいところもあるじゃないか」

「うるさい!」

 再び頬を這い始めた手を払いのける。左の鎖骨に僅かに付着した赤を拭った。
 からかわれた。こんな女に、黒の者に。

 もう限界だ。俺は逃げる。この女に、これ以上かかわりたくない。
 敵意がないことはわかった。堂々ときびすを返し背を向ける。