深く息を吸って、吐く。怒りの全てが吐き出せたわけではもちろんないが、揶揄するような素振りも見られなかったため、ひとまず剣を鞘におさめた。

 そのとき初めて、はっきりと女の顔を見た。つり上がった目元、きつく結ばれた真っ赤な唇は緩く弧を描いていた。如何にも気の強そうな顔立ちである。髪は前下がりに揃えられている。体型は最初に受けた印象通り、小柄。服は全身、真っ黒。

 改めて今までの自分の失態を恥じる。こんな自分よりも小さくて、しかも女に、黒の者に、後ろをとられた、あまつさえ身動きの取れない状況をとらされた、カラーレスと呼ばれた。情けない。顔をしかめずにはいられない。

 女は俺の様子に僅かに眉を寄せるだけでそれ以上は構わずに真っ赤な唇を開いた。

「"黒"は"オオカミ色"、」

「……は?」

「聞いたことはないかい」

「…ないな」

「なら、何を意味をするか、解るかい?」

「生憎、俺は謎かけが嫌いだ」

「"黒"も嫌いかい?」

「嫌いだ。"嫌い"の一言じゃあ言い尽くせない。"憎い"とも言えるな」

「気が合うねぇ。アタシも"黒"は大嫌いだよ」

「全身真っ黒の奴が何を、」
「嫌いだからさ」

 真っ黒な髪を摘んで冷たく言い放つ。思わず息を呑んだ。口元は変わらずに弧を描いているにもかかわらず、目は笑ってはいない。

「黒の者のくせに"黒"が嫌いなのか」

「そうだよ」

「……わからないな」

「会って一時間にも満たない男なんかに理解されちゃあ、たまったもんじゃないよ」

 眼差しが心なしか和らいだ。フンッと鼻で笑って腕を組み直す。身体は小柄なのに対して態度は大層デカい。

 そこで俺は考えた。なぜ俺は、こんな会って一時間にも満たない女のお喋りに付き合ってやっているのか、と。我ながら律儀すぎる。拘束が解かれたなら構わずに立ち去ればいい。

 馬鹿馬鹿しい。ため息を一つ。間合いは十分にある。が、女の両足には銃が一丁ずつ。女相手に背を向けて逃げるのにはプライドが少なからず邪魔をするが、こんな状況では、そうも言っていられない。

 腹を決めて足に力を込めた瞬間、何かが頬を掠めた。目だけを左右に泳がせる。次に正面を見たとき、見開いた俺の目には確かに女が映っていた。

 はやい。

 頬に触れた、かすかに柔らかく冷たい感触と真っ黒な爪に、先ほど掠めてから、ずっと頬に触れていたものが女の手であったことを理解した。