名前なんて、呼ばなければよかったのだ。

なのにどうして先生はそうしなかったのだろう。

その私の疑問に気付いたように、先生は自嘲の笑みをこぼした。


「俺は馬鹿だからな」


初めて見る彼の笑顔に、心臓が、奪われる。


「教師だから、生徒だからといって踏みとどまる術を知らない」


そう言って先生は顔をあげ、しっかりと私を双眸で捉えた。

そして、


「だから」


どこか優しく諦めたような笑顔で言った。


「出ていけ」


ずきり、と、心臓が悲鳴をあげた。

やんわりと拒絶を示す台詞に、体がずしりと重くなったような錯覚を覚える。


なぜ。


意味がわからなかった。

なぜここで一線を引かれるのか、全くわからなかった。

聞きたい。

問いたい。

なのに口が、動かない。

我知らず、奥歯が、震えて鳴った。


「回れ右をして、出ていけ」


先生が辛そうに目を細め、笑みを深める。



「忘れてやるから、…出ていけ」



その一言に、

彼が私を解放しようとしていることを知った。