誰もいない駐車場。

移動用のバスの中でやっと探していた人物を見つける。

運転手もいない静かな車内でやっぱりつまらなそうな顔をして本をめくっている彼に私は落ち付かない呼吸のまま近寄った。

先生は読書を邪魔するように近づいた人間を警戒し一瞬射殺すような目をした。

けれど、相手が私と知り驚愕したように本を閉じる。

どう声を出していいかわからず、居心地の悪い沈黙が私達の間を流れた。

静寂に便乗するように先生は再び本を開こうとした。

それを許さず、私は思いきって声を出す。


「先生、なんで私の名前を知ってたんですか」


ピク、と微かな反応がある。

それは本当に微かではあったけれど、そこ潜むに動揺を確かに捕まえたと思った。


「…さあ、なんでだろうな」


低い美声が落ち付いた声で私をかわす。

私ばかりがこんなになって悔しいと、羞恥か憤怒かわからないものがこみ上げた。


「そういう答え方は卑怯です」


強く非難すると視線を逸らされ、小さく息を吐かれた。


「…なんで、そんな事が知りたい」


質問をしたのに、質問で返され、言葉に詰まる。

戸惑う私にたたみかけるように、先生は続けて同じ質問を繰り返した。


「俺がお前の名前を知っていた理由。お前はなんでそんな事が知りたい」


……ずるい。


無意識に、唇を噛んだ。


そんな聞き方、ずるい。


自分の事は隠しておいて、私のことを暴こうとするその姿勢に卑怯を見る。

教師と生徒、大人と子供という壁を見る。

貴方が気になるからと言えば、彼はそれをきっと気のせいにする。

なんとなくと偽れば、きっと黙殺される。

聞かれたくない事をはぐらかしてうやむやに終わらせ、私の胸に傷だけ残そうとしている人が憎くなり、私はバスを降りようと思った。

もういい。

なかった事にする。

名前なんか呼ばれなかった。

彼岸花の話なんかしなかった。

そうすれば戻れる。

今までの私に戻れるんだ。

重い空気に背を向けようとした時だった。



「……耳朶だ」



吐息のような声が、

私の足を止めた。