どきん、と、音がするくらい跳ねた。


(な、まえ)


どきどき、する。

馬鹿みたいに、どきどき、する。

耳鳴りみたいな心音に否応なく意識が乱される。

なに、これ。

どうして。

なんなの。

どきどき、する。


(私の、名前…)


早まる脈に胸が苦しい。

指先まで心臓になったみたいに、熱く火照る。

決して人の名を覚えず、絶対に人の名を呼ばない人の唇から出た自分の名に、

思考が止まった。

名前を呼ばれた。

それだけだ。

たった、それだけ。

なのに。

脈が、静まらない。

シンプルなのに複雑な出来事は、意外性という色も手伝ってとても情熱的なのに、彼のそっけなさが温度を感じさせなくする。

決して押しつけがましくないのに、寧ろどこか突き放す様な冷たさを持っているのに、心を攫われる。


まるで、
…彼岸花のようだ。


突然全く集中できなくなった。

先生がどうして私の名を知っていたのか、どうして私の隣に来たのか、どうして話かけてきたのか、すべて今すぐ知りたい欲求にかられた。

堪らず、先生を探し走り出す。

何を聞けばいいかわからないまま、でもじっとしていられなくて、彷徨った。


色々な事を考えた。

色々な事を。


ついさっきまで私の心の片隅にもいなかった人間が、私のすべてを洗脳していた。


私は生徒で。

彼は教師で。

近いようで、すごく遠い世界のふたりで。

そう。

彼岸花の花と葉ほどに、近くて遠い存在で。


けれど。


奪われた。

心を根こそぎ、持っていかれた。

魂ごと、ひきぬかれた。

名を呼ばれた、ただ、それだけで。

呪いのような恋に落とされたのだと、やっと自分で認めた頃、探していない場所がある事に思い至った。