半年くらい前に、葵は私が働いているペットショップに来た事がある。大家さんちのパグのために、何か遊び道具を飼ってあげようと思い、葵も連れて見に行ったのだ。葵は熱帯魚を見ながら、前日に食べたしらすの事を話していた。しらすと熱帯魚は似ているそうだ。
それからセキセイインコを見て、葵がインコの真似をしたように甲高く口笛を吹いた。綺麗なエメラルドグリーンの羽がぱっと開く。
私たちは一通りドッグコーナーを見た後、押すと音の鳴る骨の形をしたおもちゃを選んだ。
レジを済ませようとした際、「彼氏ですか」とバイトの子に聞かれた。何と言ったら良いか分からなかったので、笑って誤魔化した。その時の葵の反応は見ていなかった。

「外暑いからなぁ」
 だるそうに呟く。
「真夏だからね」
葵は夏の間あまり外に出たがらない。けれど無理やり外に出してしまったら、本当にコンクリートの上に充満している熱で火傷してしまうのではないかと、何だか心配にもなる。
「まぁそう言うことだから、つまらなくてもお留守番お願いね」
「はい」
「その代わりって訳じゃないけど、昨日の夜にプリン作っといたから、食べる?」
 お皿の上のものを丁度よく食べ終わっていた葵の顔が、にんまりとした。冷蔵庫の奥に隠したプリンを取り出して、葵の笑い声を聞きながら食後に甘いプリンを堪能する。
 毎日こうして食事をして、他愛もない話をする。大概、私がべらべらと話して葵がけらけらと笑う。
 以前、彼はこう言っていた。
「綾女ちゃんの話は面白いよ。色んな話をしてくれるから。」
 葵は無口な訳ではないが、あまり自分の話はしない。したくないのか、しないだけなのかは良く分からないけれど、私の話は楽しそうに聞いていてくれた。
 本当は、葵の事をあまり知らない。目の前で美味しそうにプリンを食べているこの男の事を、私は良く知らない。歳は私と同じくらいに見えるし、よく鼻歌を口ずさみ、笑うとステンドグラスのように周りに虹が出来る。
そんな事しか知らなかった。けれどそれだけ知っていれば、充分な気もする。