いつの間にか私の後ろに来た葵は、じっとフライパンの中で生き返っていく丸いハンバーグに目を向けて、微かに目を輝かせていた。
「僕、結構この待っている時間、好きかも」 
そうご機嫌で言われると、私も嬉しくなって葵のまねをして少し歌ってみる。葵のように、滑らかに歌ってみたかったけれど、何だか気恥ずかしくてすぐに止めてしまう。そもそも私は音痴なのだ。「こうだよ」そう後ろから口笛が聞こえた。葵は少しはずした私の鼻歌をしっかりと聞いていたらしい。きっと彼は、心の声がそのまま自然と口元を楽器にして出てくるのだろう。
「もう出来るから、お箸と麦茶出しておいて」
 冷蔵庫を開けても、プリンはチルド室の奥に隠してあるので、見つかることはない。お皿にさっとバランスよく盛り付けてから、お気に入りのテーブルクロスの上にお皿を並べる。今日も葵の大好物ばかりだ。お味噌汁のキャベツも、柔らかめに仕上がっている。
「いただきます」
 声が重なって、美味しい時間が始まる。私は調理で熱くなった身体のために、麦茶を口に運び、葵は最初にポテトサラダに箸を運ばす。
 葵のアーモンド形の目が下に垂れて、ほころんだ。優しい顔だといつも思う。
「うん、美味しい」
 葵はどんどんおかずとご飯を交互に口に運んでいく。華奢な身体付きで、随分骨っぽい割に、本当に良く食べる。それを見ているのが爽快で、いつもの何でも良いは「何でも美味しい」という事を、私はちゃあんと分かっていた。葵と食べるご飯の味は、優しく満ち足りた味がする。
 そして葵が笑うと、少し高い声が気持ち良く響く。鮮やかな笑顔になる。
「綾女ちゃん、明日からまた忙しいの?」
 お茶碗を片手に、少し心配そうに私の顔を見る。
「たぶんね。大きい店舗だし、仕方ないんだけどね」
「何だか今月忙しいね」
 口にハンバーグのソースを付けながら、葵は一瞬難しい顔をした。
「葵、口についてる」
 そう言うのと同時に、葵の口元からはソースがなくなる。
「今日みたいに一日中お休みとなると、当分難しいかも。しかも明日はいつもより帰りが遅くなるから、待っててもいいんだけど、適当に何か食べててもいいからね。新しい猫が入ってきて、予約の整理をしなくちゃいけないの」
 そう言えば、さっきまで葵と遊んでいた目付きの悪い三毛猫は、どこかへ行ってしまったようだ。鈴の音がどこからも転がってこないので、きっと住処に帰って行ったのだろう。
「そうなんだぁ」
 今度はつまらなそうな顔をしている。
「昼間暇だったら、遊びに来ればいいじゃない。葵は猫と仲が良いから、見ているだけでも楽しいと思うよ」