「何、考えてるの」
 眠気が交じった甘ったるい声で、葵はぐるりと身体を反転させ、顔を私に向ける。
「葵が来た日のこと。雨が降りそうだなって思ってたら、部屋の中に葵がいて、いきなりここに住んじゃうんだから、変わった話だよね」
ふぅんっと言って、葵はまた睡魔と格闘しているようだ。再び外を見ると、大家さんが目付きの悪いパグを連れて、ゆっくりと散歩をしている後ろ姿が見える。愛犬と後ろ姿が良く似ている、ころんとした背中の優しい大家さんだ。
夜になってもう少し涼しくなったら、葵を連れて散歩に出かけよう。昼間とは違って、夜の公園はすっかり落ち着いた静寂を保ってくれている。
「綾女ちゃん、お腹すいたよ」
ようやくちゃんと目が覚めたのか、葵はゆっくりと起き上がり、背筋を伸ばしている。横目で時計を見ると、六時を過ぎた辺りを針は指している。時間が早い気もするけれど、夕食の支度をするために台所へと身体を向ける。ずっと膝枕をしていてあげていたせいで、足が痺れて畳の跡が赤くくっきりと着いていた。