一週間後、葵が仕事場に野良猫のようにふらりとやって来た。古河ちゃんがこっそりと私のところに教えに来てくれた。
「葵さん、猫のとこに来てますよ」
 慌てて向かうと、葵は私の黒いパーカーを着て、猫と何か話しをしていた。彼の鼻歌で、子猫たちがくるくると踊っているようだった。一歩だけ近づく。
「葵、どうしたの」
 一瞬目が合って、また猫の方を向いた。手はポケットに突っこまれたままだ。
「・・・猫、見にきた」
 前髪が顔にかかって表情が見えないが、様子が違う事だけは分かった。
「葵、もう少し待っていられる? もうすぐ休憩だから、外で少し話そう?」
 嫌な予感がした。葵の鼻歌で踊っていた子猫が、心配そうに見ている。
 
 休憩に入るとすぐに、私たちは新宿中央公園近くのベンチに並んで座った。木陰の下なので、ここなら葵も落ち着いて話せるだろう。
嫌な予感は、予感のままであってほしい。
「僕が思っていることが、言葉にしなくても全部伝われば楽なのにね」
 下を向きながら、零すように淡々と呟く。
「どうかしたの」
あの朝に葵からもらった言葉のように、優しく彼の事を包めているだろうか。噴水の水しぶきが風に煽られて、足元をかすったような気がした。
「なんでそんなこと言うの?」
優しいけれど、擦れてしまいそうな目が私のことを見た。
「好きな人が出来たんでしょう」
 決して咎めるような言い方ではなく、私の心を撫でるような言い方。あの人の事を言っているのだと、すぐに分かった。
「どうして・・・」
 すぐに答えてあげられない。私が岡崎さんを好きだと言ってしまったら、葵はどこかに行ってしまう。そんな事はあの日から分かっていた。分かっていたから、質問の答えを、自分の中で見出せなかった。答えを出してほしくない質問を、してしまっていた。
「好きだったら、僕に遠慮する事なんて、何もないんだよ」
 ベンチに浅く座っていた葵は、立ちあがった。