「柳井さん、何だかお疲れじゃないですか?」
 仕事を終え更衣室で着替えていると、横で着替え終わった古河ちゃんが心配そうに尋ねてきた。
「ちょっとね」
「大丈夫ですか? あ、チョコ食べます?」
 そう言って鞄の中からアーモンドの入ったチョコレートを取り出して、私の掌にころんと乗せた。「ありがとう」と受け取り口へ運ぶ。じんわりと甘い。古河ちゃんはロッカーに付いている小さな鏡を使って化粧直し始めた。ショッキングピンクのリボンが付いたポーチからは、女の子を変身させる魔法の道具がパンパンに入れられている。
「そう言えば、昨日来ていた営業の人、柳井さんと知り合いだったんですか」
「大学の時の先輩だよ」
 私はコンバースのスニーカーからパンプスへと靴を履き替えるのと同じように、さらりと答える。
「へぇ、仲良かったんですか」
「普通かな。 普通のサークルの先輩後輩の仲だよ」
 結わいでいた髪を下ろし、手ぐしで整える。
「もしかして昔好きだった相手だったりして・・・」
 試すように私の事を覗き見ている。古河ちゃんは華の十八歳。この手の話が一番好物の時。
 そう言えば葵の事を彼氏かと聞いて来たのも、古河ちゃんだった。
動揺を笑みでかくしながら「どうだったかな」と、落ち着いて答える。
「なんだ、つまんないですね。でもあの人、絶対柳井さんの事好きだろうって思ったのに!」
「そんな事ないでしょう」
「そうですかねぇ。この手の事には目ざといはずなんだけどなぁ」
ひとり言のように呟いていた。その間彼女の指先は、一生懸命にまつ毛を長くしたり、アイラインを引いたりと忙しそうにしている。
「古河ちゃんこそ、気合い入れてるみたいだけど?」
「そうなんですよー」
 うふふと笑った、マシュマロみたいに「うふふ」と、柔らかく笑っている。