夢の中に声が届いた。聞きなれた、砂糖菓子のように甘い声。朝淹れているブラックコーヒーと一緒に飲んだら、丁度良さそうな、私を支える声。
「綾女ちゃん、朝だよ」
 呼ばれて数秒後、ゆっくりと瞼を開ける。少し頭が痛い。重たい身体を葵が揺らす。それは岡崎さんの手ではない。
「綾女ちゃん、もう起きないと」
 確か台所で缶ビールを開けて飲んでいたはずなのに、私のからだは椅子の上ではなく、暖かいベッドの中にくるまれていた。
「私・・・葵が?」
 葵が運んでくれたの? 聞こうにも上手く頭が回らない。
「綾女ちゃんが帰って来た気配がしたから、起きたんだけど、綾女ちゃんビール片手に台所で寝てるんだもん。びっくりしたよ」
 そう、私も昨日から驚いてばかりだ。
「葵が運んでくれたの?」
「そうだよ」
 朝日のような笑顔。葵の周りには、朝の妖精が踊っているように、優しい時間がながれている。私はその瞳をじっと見て、無気力の腕を無理やり伸ばす。何故だか今日の私の腕は、いつもよりも葵の手を遠く感じる。それでも目じりを下げながらクッションのように、伸ばした腕を葵は受け止めてくれた。
「なんだか頭が痛い」
「うん?」
 朝日のような笑顔が傾き
「熱はないみたいだけど?」
 と、額に手を当てながら、答える。
「・・・・・行きたくない」
 聞きとれないような、小さな声を漏らす。これは葵の前で初めて出た弱音だと思う。今まで休みたいなんて思ったことはなかった。少しくらい微熱があっても、動物達の方が何よりも優先だった。葵の手をぎゅっと握る。あの人とは違う温もりが、私の中に流れ込む。ベッドの中の世界が霞む。
「どうしたの? 昨日何かあったの?」
 私は頭の中で答える。
 葵の知らない人と、キスしたの。
「・・・・・・・・・・・・・・」
この笑顔を曇らせたい訳ではない。しかし、言葉に詰まる。言葉と一緒に、瞳から後悔が流れだしそうなのを、ばれないように必死でこらえる。
「うん。でも、ゲージの中で子猫が綾女ちゃんのこと待ってるよ」
 葵には子猫の声が聞こえているのだろうか。