缶ビールは、湿った夜風の舌触りがした。
いつの間にか葵ではない、深い緑のあの人のことを、ぼんやりと考えていた。それが葵ではないことがどこか後ろめたく、葵が言っていたことを思い出す。
「いつかは分からない・・・」
 本当にこの家から出て行ってしまうのだろうか。こんなにも二人のものが増えたこの部屋から、いつか居なくなってしまうのだろうか。じっとりと私の頭の中に、曇りがかった考えが流れていく。
「またどこかに行くの?」
 口走ったこの答えに、本当は何を求めているのだろう。
 今まで葵と一緒に暮らしていて、そういう事は一度もなかった。せいぜい手を繋いで、お互いを抱きしめながら眠るような毎日だった。抱きしめられると安心した。華奢な腕にも男らしい筋肉はついていた。沢山食べる姿は男なのだと、思った時もあった。けれど、私たちはそういう事をした事がなかった。
 岡崎さんとキスをした私を、葵はどう思うのだろう。私の髪からはもうあの煙草の匂いはしない。熱いシャワーで流れ落ちた煙草の匂いを、一瞬思い出す。
 桃の肌に似た、チクリとした後ろめたさが、私の中に溜まった。